夜。
ーゴーンッ
いつもはこのまま自室に行き、
眠って目が覚めれば朝が来るというのに、誰かが訪ねてきた。
「誰だ…こんな時間に」
そう遅くないといえば遅くないが、居間の時計が指しているのは21時前。
ざっと夜中の9時だ。
お風呂に入ろうとしていたのもあって余計そう思う。
どうせ出ないんだ。
理由は簡単。
家は屋敷だ。日本風のといえば伝わるだろうか、広い屋敷。
住宅地から少し離れた、緩やかな坂の先にある日本屋敷。
今の季節にしては珍しいが、
肝試しだなんだと遠方から来るものも居なかったわけではない。
まぁ最近は居なかったが…。
ーゴーッンッゴーンッ
しつこいな。
ーゴーンっゴーンッゴーンッ
…しつこい。
鳴り続けるインターホンの、鐘のような音。
普通なら多くて3回程度だ。
…特に連絡もないはずだが、こうもしつこいのには理由があるはずだ。
居間の電気を全て消し、薄暗い廊下を進む。
足元の人を感知してつく暖色の光だけがついている。
そのまま玄関まで行き、適当に準備して靴を履いて出る。
その間も鳴り続けるインターホン音。
途中止まったと思ったが、門の前に付いた頃にはまた鳴った。
ーゴーンっ
「クソッ何で出てこーへんねんっ!」
「しょうがないよ!」
ん?
言い争いか?
そう思いながら、門の隣の小さな入り口から出る。
ーギーッ
ーー「!」
「…何だ?」
居たのは、見覚えのある男子だった。
確か、和夜が来た時良い友達だとかで嬉しそうに喋ってたな。
詳しく名前まで教えてくれた。
身内のことなら覚えはいい。
中性的な声音を作る。
覆う仮面のような完璧な微笑を浮かべて、尋ねる。
「和夜のお友達?」
ーー「!?」
ちなみに、聞いただけで友達なのは分かってる。
「こんな夜更けに、家に何か?」
人当たりの良い言い方をしたはずだが、何故か男子5人の顔は曇るばかり。
「…用がないなら」
「ちっ、力を貸して欲しいんです。お願いします!」
同時。
いや若干早かったかも知れない。
高めの声音。
容姿端麗の中性的な子が、そう言って近付いてきた。
「優…っ」
静止するよう促す動きをした。
優。
美崎優だったはずだ。
「…家に?」
「和夜の、姉の貴女にです」
「…へぇ」
姉と言い切るか。
私は今、ウィッグとカラコン、晒などで容姿を偽っている。
主に中性的に、男子よりに。
私を使用人と見る者が大多数だが、この子は違うらしい。
「時間が惜しいので言います。和夜が、拐われました」
!
「…拐われた」
声音が自分でもぐっと低くなった気がする。
「え…はい。でも相手の正体が分からないんです、どこに連れ去られたのかも」
拐われた。
和夜が…。
「それで、これを…」
スッと差し出されたのは、片方の蝶の羽を象った小物。
…あぁ、分かって攫われたんだな。
「見せれば分かってくれるって…」
あぁ、分かったよ。
これは意味深のものだ。
意味は片方を預けるから迎えに来て…だろうな。
「…全く」
ーヒュー
冷たい風が吹く。
桜のシーズンを過ぎたにも関わらず咲いている家の大樹が揺れているのか良い音がする。
「冷たっ」
「寒っ」
「え、何風?」
「…冬みたい」
「…」
永久咲雪夜。
「…宜しく伝えていたはずだが、このザマか」
ー「え?」
「っ!」
一応、友達の話を聞いた後、
和夜にはその友達に和夜を宜しくと伝えるよう言い、言ったことも連絡を受けている。
…和夜を束縛するつもりはない。
だがそれでも、捨て身や囮にはならないで欲しいとは思う。
そんなことされて、もし何かあったら…。
ー「っ!?」
その相手、再起不能にしたくなるから。
「まぁ良い。居場所が分からない…だったな」
「え、はい」
携帯を出し、和夜のGPSを見る。
…ここからそう遠くないな。
GPSと聞いたら人聞きの悪い感じがするかも知れないが、
四六時中見てる訳でも、まして監視してるわけでもない。
こういう時が無いと言い切れないから、家は全員付けている。
勿論私もだ。
「あ、あの…」
「あぁ」
どうするか。
はっきり言って邪魔なんだよな。
…まぁ、家で待たせるわけにも行かないし。
「場所が分かったよ。付いて来れるなら、好きにして」
そう言って返事を待たずに車庫に向かう。
バイクを引っ張って来て、門まで戻って来た。
「え…バイク?」
「場所、もう分かったのですか!?」
「あぁ」
短くそう言って、エンジンを掛けそのまま続く坂を走り抜けた。
置いて行かれた彼らが、ハッとして動き出す音がかろうじて聞こえた。
一応兄2人に連絡は入れておいて、住宅地を駆け道路を進む。
彼らは着いてきておらず、そのまま目的地へとついたのだった。
辺りは人気がない。
そんな中、1つポツンと建っている倉庫がある。
シャッターの隣、扉があった。
ーガチャ
ん?
開いた…てっきり開かないと思ってたんだが。
引いて入り、開けたまま進む。
室内はシャッターの先と繋がっていて、応接の為かイスと机があった。
机の上には灰皿やタバコ、指で摘める程度の小さいピンクや紫の紙袋がいくつか…。
…この時点で、怒りが湧いている。
人が通れる通路はあるものの狭く、続くドアがある。
それに手を掛けた時。
女の苦しそうな声と、男の下卑た笑い声や唸り声が聞こえた。
そして…
「辞めろっ…触んなって!」
和夜の声がした。
息が荒く、焦るような大声。
続く男の下卑た声が耳に入って来た時、扉を開けた。
静かにすんなり開いた扉、
中に見えたのは予想できたものであり、真っ先に目に入ってきた
下半身を出した男に襲われる和夜。
ーヒュンっ
「ギヒヒッあ〜想像するだけでイグハアッ!」
見た途端、動いた。
移動して、背後から男の脇腹を勢いを殺さずに蹴る。
見事に視界から消えた男。
「んだぁ?っておい、何だお前っ…」
振っていた腰を止めた男。
相手の女はボロボロで、既に気絶していた。
繋がってるからな…。
殺気で気絶させることにした。
ージロッ
「ヒィっ!?」
ーバタンっ
倒れたのを聞いて、すぐ。
和夜の前に立つ。
「ハァッ…ハァッ」
艷やかな肩までの銀髪、タレ目な赤い瞳。
華奢でか細い見た目の美少年。
いつも明るく優しい和夜だが、今は酷く小さくなっている。
襲われてたからな…。
怖かっただろう。
恐ろしかっただろう。
「アイツらのために、頑張ったんだな」
頭を撫でた。
優しく、落ち着いた声音で。
「!」
ースッ
髪留めについている片翼の蝶に、預かったもう片翼をつける。
「っ…っうん…僕、怖かったよ…」
伸ばしていた腕を抱き締める和夜。
「こんなことされるなんて思わなかった…しかも、僕を狙ってたなんて尚更…」
腕を伝って、胸に顔を埋めてくる。
「姉さん…」
「…」
撫でてから運んだ。
バイクに乗せても、後ろから離れようとしない為か抱き締めてくる。
「家に帰ってからだ」
「うん…」
そうして走り出した。
バイクは途中、さっきの友達らとすれ違いになったが止まらずに家に帰った。
追い掛けて来る音がしたが無視し、
屋敷の門の所で隠月が門を開けていたから止まらずに入れた。
「お帰り。ここは私が受け持つよ」
「そうか、ありがとう。あとただいま」
「うん」
そんな会話をして、私はバイクを止めて和夜を屋敷に運んだ。
あれから夜が明けた朝。
…眠い。
布団の中でそう寝ぼける私をよそに、静夜は話していた。
内容は昨日の和夜の友達らがしつこいこと。
隠月が対応してるけれど…
「彼らはお礼と話を聞きたいって」
話し終えた静夜は私を見下ろしていた。
静夜。
隠月の双子の弟で、水色掛かった銀髪黒目の美男子。
「どうする?」
性格は基本的クール。
私の上の兄2人。
上の幻夜、下の琥珀の内、静夜は幻夜、隠月は琥珀に付いている。
幻夜兄が裏の家、琥珀兄が表の財閥。
「…」
「…一応会わないでも良いけど、そうすると和夜が気まずそうって隠月が言ってた」
ーガバッ
和夜が気まずい!?
「な…、…分かった」
何となく分かる気がして、速起き上がりそう言った。
「ホントに?」
「あぁ…」
「じゃあ服にシワ付くから、そろそろ…」
ーグイッ
布団から引きずり出される。
「…え、ちょ」
いつものことだ。
そのまま私は眠気のまま目を瞑った。