やめてと振り払おうとしたけれど、私が自分でその手を振り払うことはなかった。それよりも早く秋人がその手をつかんだから。


「人の婚約者を惑わすのはやめてもらおうか。
相変わらず悪趣味だな」
  

いつも通り冷静な口調ではあるけれど、いつもよりも厳しい表情を浮かべた秋人に、秋人の兄は嫌味ったらしく笑った。


「冗談だよ。
お前がどうしてるか見に来ただけだから、もう帰るわ。
いつもすました顔してるお前のそんな顔が見れただけで収穫だった」  





結局言いたいことだけ言って、さっさと去っていってしまった。後に残されたのは、気まずい雰囲気の秋人と私の二人のみ。


「なんだったの?秋人に輪をかけて嫌味ったらしいあの男は。自分の弟にあんな言い方する?」


聞きたいことは山ほどある。
何から聞こうか迷うぐらいだけど、ひとまずこう言わずにはいられなかった。

いきなりきて嫌味だけ言って去ってく兄って......。
兄弟姉妹がいないからいまいち分からないけれど、それでもあの態度は明らかにおかしいわよね?

 
「九条家の公用語だ。
慎吾......、弟以外はみんな似たような感じだ」


ため息をついて疲れたようにそう言った秋人。

相変わらず言葉数は少ないけれど、そのたった一言だけでも、なんとなく秋人の今までの心労が察せてしまった。