オプファー・シュピール~生け贄ゲーム~

その日の放課後。
皆と学校帰りにカラオケに寄って、その後も少し遊んでから家に帰ってきた。どうせまっすぐ帰って来ても家には誰も居ないし。
自分の部屋へと続く階段を上りながらふと携帯を見ると、新着メールが3件。

画面を開くと、ひとつは今まで遊んでいた友達のうちの一人から、もうひとつは生け贄ゲーム、最後のひとつは・・・

「心菜(ココナ)・・・ちゃん?」

あたしの従姉妹で、隣町に住んでいる大学生、柊(ヒイラギ)心菜ちゃん。
小さい時から仲が良いしよく家に遊びに行ったりもするけれど、メールとかメッセージのやりとりだけはほとんど・・・というかやったことがない。
一応、アドレス交換はしているんだけれどね。

そんな心菜ちゃんからメールを貰うのは初めてだったから、少しわくわくしながら画面をタップする。

『文ちゃん、元気?
最近全然会えなかったから、なんとなく連絡してみたよ。
それでね、今回わざわざメールを使ったのにも理由があって、電話じゃちょっと話しにくい事なんだ。
・・・という訳で、今日、それか近いうちに会えないかな?

連絡待ってるね』

壁掛けの時計を見上げると、針は午後六時半を指していた。
多分だけれど今日も親は仕事で遅くなるだろうから、心菜ちゃんの家に行ってるうちに帰ってきていた、という事は無いと思う。

もし早く帰ってきても、心菜ちゃんの家に居る、って連絡すれば大体わかってもらえるから、あたしは早速そのメールに返信する。
「ええっと、良ければ今からでもいいかな?他にあたしは明日と日曜が空いてるよ。
・・・で、送信っと!」

送信ボタンを押すと、あたしは制服のままベッドにダイブした。この間にぼーっとしながら色々な事を考えるのが好きだから、最近は家に帰ると必ずと言っていいほどやる癖みたいなものになってきてる。
今日も学校であった出来事や、放課後のカラオケ帰りにアイスを食べていた事を思い出していると、近くに投げ出されていた携帯が震える。
そういえば、さっきメールの返信したんだっけ。

手探りで携帯を探して受信画面を開くと、予想通り心菜ちゃんから『了解ー。じゃあ家で待ってるからね』と返事が届いていた。

急いで体を起こすと、クローゼットを開ける。
んー、どうしよ。制服のままで行くわけにも行かないし・・・。
なんとなく直感で、手前に掛けてあった洋服を取り出す。


姿見でバランスチェックと髪型の確認をして、うん、とりあえずよしとしようかな。

あたしは玄関の鍵を閉めると、心菜ちゃんの家に向かった。

この時間は、結構好き。
隣町・・・と言っても自分の家から歩いて行ける距離にあるから、ちょっとした散歩みたいに感じる。

それに心菜ちゃんの家に行く時に通る道の一角にある家はガーデニングが好きな人が住んでいるのか庭に花が咲いている時があるから、そっちも楽しみにしてたりするんだよね。

そういえば心菜ちゃんも模様替えが好きなのか、訪れる度に部屋の内装が変わってる気がする。
まぁ、あたしが来るから変えているのかもしれないけれど。

そんな事を思いながら歩いていると、あっという間に目的のマンションに到着。
オートロックの部屋番号を押すと、応答したのは久々に聞いた心菜ちゃんの声・・・じゃない。

「もしかして、紗織(サオリ)さん?」

あたしの頭に浮かんだ考えを口に出すと『・・・ん、正解!心菜、開けちゃっていいんだよね?』って声が聞こえた。
どうやら見事に当たったらしい。

自動ドアが開くと同時に、マイクか何かが切れる音。

あたしはエレベーターに乗って4階まで行くと、心菜ちゃん家のインターホンを押した。
「はいはーい♪」と短い髪を揺らしながらドアを開けたのはやっぱり紗織さん。

「どーぞどーぞ、遠慮なくあがって。心菜とあの話する為に来たんでしょ」

・・・いや、ここ紗織さんの家じゃないから。

そう思いながらも、あたしの頭には『あの話』という単語が引っ掛かっていた。
そういえばメールにも、話したい事がなんなのかは全く書かれていなかったっけ。

どうやら家の中に入らなきゃわからないみたいだし、あたしは当初の予定通り部屋にあがることにする。

「おじゃましまーす」

リビングに入ったとたん、ふわっと漂ってきた甘い香り。
どこからだろう?と疑問に思っていると、すぐにその答えはわかった。

テーブルの上に紅茶がたっぷりと注がれたティーカップが3つと、同じデザインのティーポットがあったから。
そしてその隣には心菜ちゃん手作りのカラフルなマカロンが乗ったお皿が置かれていた。

「良かったら紅茶どうぞ。今日は巨峰にしてみたの」
そう言いながら、ティーカップをあたしの目の前にゆっくりと移動させる。
・・・あ、これ多分新しいやつだ。

前に来たときに出されたやつはあたしの中で密かなお気に入りになっていたから少し残念だけれど、今日の柄もすごくかわいくて良いと思う。

「ねぇ、もしかしなくてもまた模様替えした?」
前回来たときはピンクと白でまとめられた可愛らしい雰囲気だった部屋が、今日は淡い紫がベースの大人っぽい内装になっていた。
よく見れば、ティーカップのデザインも紫が基調になっている。


「うん!今回は紗織ちゃんにもちょっとだけ手伝ってもらったの」
にっこりと笑って話す心菜ちゃんの隣で、「心菜ってたまに人使いが荒いところあるよね・・・。そのおかげで次の日体中が痛かったんだから」と紗織さんが呟いた。
その言葉に苦笑いしている途中で、ふとここに来た目的を思い出す。

確かあたし、心菜ちゃんに「話したいことがある」って言われたからここに来たんだよね。
こうやって雑談してて平気かな?



「ねぇ、あの話って・・・何?」

内容が気になったから、会話のタイミングを見てそう切り出したけれど、何故か二人とも何も答えない。

そのまま、沈黙の時が流れること約5分。


お茶請けのマカロンを食べながら紗織さんが「やってない可能性・・・ううん、やってる可能性の方が低いんだから、訊くだけ訊いてみたら?」と優しげな声で心菜ちゃんに言った。

心菜ちゃんはそれでも何も話さなかったけれど、しばらくして紅茶を一口飲んでからゆっくりと話し出した。
「文ちゃんは・・・『主催者』って、知ってる?」

主催者って、イベントなどを主催する人のこと・・・だっけ。
後はそのイベントの全責任は主催者が持つことが多い、って以前聞いたことがある。

そこまで考えて、こくんと頷く。

「ですって紗織ちゃん。『主催者』の事を知ってるんだから、やっぱりそうなんじゃないかしら?」

「そりゃー主催者って言葉はやってない人とか、そもそもあの話を知らない人だって知ってると思うよ。習うんだから。
あたし達が訊きたいのはそういうのじゃなくて、ゲームの方の主催者でしょ?」

えーっと、二人の会話の内容がわからん。
とりあえずケンカしないかドキドキしながら見てたあたしだけれど、紗織さんが出した「ゲームの方」という言葉に首をかしげる。

主催者、ゲーム、と聞いて思い当たるのはあのメールだけれど、まさか・・・ね。

「ゲームの方って事は、そんなイベントがある、もしくはあったってこと?例えば脱出ゲームとか」
とりあえず二人にそう訪ねてみる。もしかしたらあたしが思っているのと違うかも知れないし。

「んー、なんて言えばいいのかな・・・。イベント、って言える程楽しいものでも無いんだよね。ゲーム、ってタイトルに付いてるのに」

心菜ちゃんのその答えに、そうなの?と訪ねる。

「うん、そう。・・・『生け贄ゲーム』って話、聞いたことない?」

心菜ちゃんのその言葉に、思わず小さな声を上げた。
まさか本当にあたしの考えと同じだったなんて、思ってもいなかったから。

「え、まさかと思うけれど・・・文ちゃんも生け贄ゲームの事、知ってるの・・・?」

心菜ちゃんのその問いかけに少し悩んだけれど、あたしは頷く。
そのやりとりを見ていた紗織さんが、はぁと小さなため息をついた。
「まさか本当に知ってるとはね・・・。ただの七不思議とか都市伝説って位のマイナーな話だと思ってたのに」

そう言った紗織さんは勢いよく紅茶を飲み干すと、空のカップを隣に座っている心菜ちゃんの方に差し出す。
それを見た心菜ちゃんは「そろそろご飯が炊ける頃だからその辺りでやめておきなさいな」と苦笑い。


「――あっ、そうだ。せっかくだから、文ちゃんも夕食食べていかない?」

そう訪ねられ、あたしは素直に頷く。
コンビニ弁当とかインスタント食品よりも、出来立て作り立てのちゃんとした夕飯の方が絶対にいい。

後で心菜ちゃんに料理のコツとか教えて貰おうかな・・・。
あたしが作ると何故か美味しく出来ないんだよね。


「えっと、それで・・・どこまで知ってるの?その話」
心菜ちゃんにそう訊かれて、あたしはメールの内容を思い出す。
確か、クラスメイト全員で生け贄を決めるみたいなことが書いてあって・・・あ、そういえばさっきもメール届いてたっけ。
・・・まぁ後でもいいか。

「『Opfer-Spiel』って題名のメールが届いて、そのメールには生け贄を決めるっていうのと、他にルール説明が書いてあるの。後は知らない」
なんとなく、メールが届いたのは心菜ちゃん達には隠した方がいいと思った。
その理由はあたしにもわからないけれど。

とりあえず、インターネットとかで見かけた、的な感じには言えたと思う。


「ふぅん。そういえば、その・・・おぷふぁーしゅぴーる、だっけ?・・・まぁあたしにはわからないけれど、多分英語でしょ?それの日本語訳って文ちゃん知らない?」

「んーっと、確か英語じゃなくて、ドイツ語だった気がする。それでOpferは生け贄、Spielはゲーム・・・あっ!」

興味津々、という様子で質問してきた紗織さんに瑠菜からの受け売りを答えている途中であたしは気がついた。
題名まで訳せて、しかもその言語を知ってるって二人に知られたら、メールを受け取ったって思われる確率が高くなる、ということに。

どうやって弁解しようかしばらく思い悩んでいたけれど、どうやらそれは既に遅い行動だったらしく。


「残念ね、文ちゃん。もうすっかりお見通しよ」

ずっとあたし達の話を聞きながらマカロンを食べていた心菜ちゃんが、ふふっと笑いながらそう告げた。

その言葉にきょとんとしているあたしと紗織さんを見て、再び笑う心菜ちゃん。

「紗織ちゃんは知らなかったかもしれないけれど、文ちゃんは英語が苦手なの。そんな彼女がドイツ語を訳せるなんて、どこかおかしいと思わない?」
そう言った心菜ちゃんに「んー、確かにそうかも。・・・あ、でもドイツ語なら得意、って人もいるんじゃない?」と共感した後、あれ?と首をかしげる紗織さん。

「そうね、もしかしたらいるかも。でも少なくとも文ちゃんは違う、かな」
そんな風に紗織さんに答えを返した心菜ちゃんは、ところで・・・、と一言置いてからあたしと目を合わせ、こんな事を話した。
「さっき紗織ちゃんが話していた時の最後の方で、文ちゃんが一安心したかのように胸をなで下ろしたのが目に入ったんだけれど」


――わたしの見間違い、じゃないでしょう?



・・・やっぱり気づかれてたか。こっそりやったつもりだったんだけれど。

疑問が生じた時とか何かに興味津々な時の心菜ちゃんは大体、観察眼が鋭くなる。
その証拠に、英語はあたしの最も苦手な科目だし、ドイツ語も別に好きじゃない。
・・・というか、瑠菜から意味を聞かなかったら、多分そんな事は気にもしてなかったと思う。

ここで再び嘘をつけば、更に疑われるどころかきっと全部見抜かれるだろう。


・・・だけれど、なんか納得できない。
心菜ちゃんの言った事は全部合ってる。それなのに、どこか認められない自分がいる、と言うか・・・。

とりあえず、ここは話を逸らすことにする。
生け贄ゲームから離れていなくて、何か良い話題は・・・・・・そうだ!

「でも、最近のインターネットってそういう翻訳した言葉が載ってるサイトもいくつかあるよ。管理人とか、編集した人が個人で調べたとか、そういう類のだろうけれど」

ここに来てから今まで、メールが届いたなんて言葉は一度も口にしていない、という事に気がついたのだ。
・・・ということはまだ、インターネットから引き出した情報を二人に伝えている、って事にも出来ると思う。

これで反論は出来ない筈、と少しだけ得意げにそう伝えた・・・のだが。
あたしのその言葉に首を振ったのは、なぜか心菜ちゃんじゃなくて紗織さん。


「それがね、あたし達もさっき調べたんだけれと、そんなに詳しい情報はどこのサイトにも載ってなかったんだ」



――数分後、紗織さんの言った事を理解したあたしは絶句した。

まさか、自分で自分の首を絞めるとは・・・。
これからは先にインターネットの方でも調べておこう、と内心で誓っているあたしの前で「・・・そろそろ話してくれる気になった?」と嬉しそうに微笑んでいる心菜ちゃんが首をかしげる。


その笑顔に負けたあたしは、二人に全部話す事を決めた。

あのメールが来た時から、心菜ちゃんの家に来るまで。
まぁ滝本達にいじめられている事とか、いっちーとあったよくわからない出来事は省いたから、完全に洗いざらいとは言えないんだけれど。

「・・・で、今ここに居るの」
最後の言葉を紡ぐと、もうすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。

二人はというと、心菜ちゃんは何か考え事をしてるみたいで、紗織さんは・・・あれ、知らない間に姿が消えている。

キョロキョロと辺りを見回していると、それに気がついた心菜ちゃんが「紗織ちゃんならね、あそこ」と言いながら指差したのは・・・トイレ?

何でだろう、体調不良とか?あ、まさか紅茶の飲みすぎ・・・?

心配だと思っていたら、水を流す音が耳に入ってきた。
そしてその直後に開いたドアから、満面の笑顔の紗織さんが出てくる。
「はー、スッキリした!ごめんね心菜、急にトイレ借りちゃって」

「ううん、別にいいよ。それにしても一体何回目なの?二・日・酔・い・は」

そっか、二日酔いだったのか。


――って、ちょっと待って。
紗織さんは心菜ちゃんと同い年の19歳、それか18歳だから、お酒ってまだ飲めないはず・・・だよね?

話についていけなくて混乱しているあたしに、紗織さんが「あれ、文ちゃんには話してなかったっけ?」と訊ねてきた。
その言葉にコクコクと頷いたら「実はあたし、二浪してるの。だからお酒も普通に飲めるんだ」と耳打ちして教えてくれる。

「・・・わたしはもう既に知ってるんだから、そこまで近づけなくてもいいじゃない」
呆れたように言うと「さて、そろそろご飯作らなきゃ」と呟いて席を立った。

「あっ、あたしも何か手伝おうか?」

「ううん、いいの。文ちゃんは座って待ってて」





「――ご馳走さまでした」

「ふふ、お粗末さまでした」

「はー美味しかった!やっぱり心菜が作る料理は絶品だよね」
紗織さんのその言葉に、相槌を打つ。


結局、夕飯は料理も配膳も全部心菜ちゃんが担当した。
一人で三人分を作るのは大変だろうと思って
途中にも何度か手伝いを申し込んだのだけれど、結果は全部断られた。
まぁ、心菜ちゃんがそれでいいって言うのならいっか。


二人と談笑しながらふと、何気無く壁掛け時計の方に目をやると、門限を過ぎるどころか知らない間に九時を回っている事に気がついた。


多分、この時間だと親も既に帰ってきてるだろう。

慌てて帰る支度をしていると、心菜ちゃんの家に来た理由を再び思い出す。
「あっ、ねぇ心菜ちゃん。さっきの続きどうしよう?」
立ち上がる際にそう訊ねる。


・・・・・・まぁ、話を逸らしたのはあたしなんだけれど。

「んー、なら後でメールするよ。気をつけてね」
そう言いながら、玄関まであたしに付き添う。
その後ろには、紗織さん。
急いで靴を履いて「またね、心菜ちゃん、紗織さん。お茶とご飯ありがと!」と言うと、勢いよくドアを開けて飛び出した。



――家に帰ると、まだ誰も帰って来てなかった。
そういえば、今日は会議で遅くなるかもって朝食の時に言ってたっけ・・・。
もう少し心菜ちゃんの部屋で過ごせた、と思いながらも自分の部屋に向かい、そっとドアを閉じる。