ピンポーン♪
インターホンを鳴らすと、即座にバタバタと騒がしい足音が向かってきた。ガチャ、と勢いよくドアが開く。
「玲央!」
ドアが開くや否や、瑠花が飛び出してきた。
「わっ、おい、瑠花っ」
仰け反りつつも、飛び込んできた身体をやんわりと押し戻す。
「こーら瑠花、帰ってこい」
大樹が笑いながら外に出てきた。
「久しぶりだな、玲央。お疲れさん」
久しぶりに会う親友の顔は、高校時の面影を残しながらも逞しい男の顔になっていた。部活をしていた頃と同じく、相変わらず日には焼けている。その黒さも、今は一端の社会人になった力強さの表れのようだった。
「よく来たな。ま、入れよ」
「おう。さんきゅ」
「わー、まじ、玲央久しぶりっ」
「だからお前は落ち着け」
「えー、ひどーい」
めげずに飛びつこうとしている瑠花の手首を押し戻しながら、俺は家の中に入った。一歩玄関に入ると、ひんやりと涼しい、昔と変わらない空気が俺を包み込む。
「おわ、懐かしい大樹ん家の匂い」
「え?俺ん家の匂い?そんなんあるのかよ」
よく覚えてんな、と大樹が笑った。
「しょっちゅう来てたからな」
「そーいやそーだな、毎週末来てたっけか」
「流石にそこまではないぞ」
「そうか?結局受験前も来て勉強してただろ」
「あー、言われてみれば……」
笑いながらお邪魔します、と靴を脱ぐ。肩にかけていたボストンバッグを下ろすと、一気に体が軽くなった。俺はようやく一息吐く。
ふう、とひとまず深呼吸。ひんやりとした空気が、火照った体を冷やしていく。
「ねえねえ」
俺に押し戻されてから静かにしていた瑠花が、堪り兼ねたのかちょんちょんっと肩をつついてきた。
「ん?どうした?」
「あたし、ずっと聞きたかったことあるんだけどさぁ」
「なんだよ、急にかしこまって」
唇に手を当てて、うーん、と逡巡した様子。が、意を決したように、あのね、と口を開いた。
「玲央ってさぁ、卒業してから、会ったりした……?」
誰に、というのは聞かなくても分かった。
瑠花はちょっとだけ困ったような顔をして、そっぽを向いている。なるほど、逡巡したわけはこれか。
「いやっ、単なる、興味ってゆーか、質問ってゆーかぁ」
そっぽを向いたまま、瑠花はもごもごと小さな声で付け加えた。––––ああもう、相変わらず率直すぎんだよお前。普通に装おうとして、出来てなさすぎ。そこがいいところだけどさ、でも……。
「いや。卒業してからも会ってないよ」
素っ気なく聞こえるように、一息で答えた。
「……え。まじ?」
「おう。あいつには全く会ってないし、連絡も取ってねーよ」
すごいだろ、七年以上音信不通ってやつだよ、と俺は軽く笑った。あくまで素っ気なく、平気そうに見えるように。何も気にしていない、そう示すように。
目が合って、瑠花は明らかに泣きそうな顔をした。途端、瑠花は俯いた。
「え、おい、瑠花。どうしたんだよ」
てっきり、なんだーそーなのかー、って返されるだけだと思っていた俺は、突然のことに焦る。
「瑠花?」
「や、ごめん、何でもない!」
ぱっと顔を上げて、瑠花はいつものように笑った。いや、いつものように、というのは少し違うかもしれない。笑った口元がちょっとだけ強張っていた。
俺たちの間に、なんとも言えない微妙な空気が流れる。
ええと、こういう時はどうしたらいいんだ。そうか、って笑って目を逸らせばいいのか?どうかしたのかって聞くべきなのか?いや、それは聞いてはいけない気がする。でも、女ってとことん付き合わなきゃいけないんだっけか。
こういう時、人付き合いの苦手さが思い知らされる。大樹だったら、何も気づかず笑い飛ばしてくれるのかもしれない。或いは、あいつだったら……。
気を張った笑顔に、俺は何も言う術がない。
「おい、お前ら早く上がれよ」
リビングの方から、先に行った大樹の声がとんできた。その声に、びくん、と弾かれたように瑠花が動いた。
「あっ、うん、今行く!玲央あがろっ」
「あ、おい瑠花っ!」
咄嗟に手が出て、瑠花の腕を掴む。
「……なに?」
振り向いた瑠花の瞳は、怯えていた。
「あ、いや、」
お前、やっぱ何か隠してるだろ。そう言いかけた口をつぐんだ。
「いや、やっぱ、なんでもねぇ」
瑠花の強張った顔を見てしまったら、やはり何も言えなかった。
「じゃあいこ」
「おう……」
お互いどこか余所余所しく笑う。そのまま言葉を交わすことなく、俺たちは大樹の家にあがった。
大樹の家は、高校時代とあまり変わってはいなかった。落ち着いた木の香りがするリビングに、大きなソファ。水色のカーテン。整理整頓された本棚と、たくさんの写真立て。いつ見ても綺麗な家だ。大樹の母親は、俺らが遊びに来る時はいつも綺麗に掃除しているらしかった。高校の時の土日、部活終わりの汚い野郎が五、六人も集まって床を汚し散らかしていたことを思うと、本当に頭が下がる。
「あら玲央くん!いらっしゃい!」
キッチンから、パタパタと大樹の母親が駆けてきた。
「ご無沙汰してます」
「ほんっとーに久しぶりよねえ!元気にしてる?」
「あ、はい。なんとか……ぼちぼちやってます」
「それはよかったわ!うふふ、どうぞゆっくりしていってね」
「あ、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、大樹の母親はにこにこと笑ってまたキッチンへと戻っていった。
「んじゃ、はじめよっ!歓迎会!」
「おう」
「あたし、ジュース取ってくるねー」
樹子さーん、冷蔵庫開けますねー、と瑠花がキッチンに向かう(ちなみに、樹子というのが大樹の母親の名前である)。さっきまでの強張った様子はもうない。その代わり、今日はもう、瑠花にあの話題を振ってはいけない気がした。
「じゃあ、俺らはこっち。玲央、お前はここ座ってな」
大樹に言われるがままダイニングテーブルに座り、大樹もまた俺の向かい側に腰を下ろした。テーブルには、皺一つない水色と白のチェックのテーブルクロスがかけられ、三人分のコースターと皿が並べられている。
「なんか……悪ぃな、色々」
「あ?何が?」
「いや、暫く泊めてもらうだけでも有難いのに、歓迎会、とか」
俺の言葉に、大樹はにやっと笑う。
「みんな嬉しいんだって。玲央が帰ってきたのがさ」
さらりとそんなことを言われると、小っ恥ずかしいやら嬉しいやら。キッチンから聞こえてくる女性二人の楽し気な話し声が、大樹の言う“嬉しさ”のような気がしてきて、身体がちょっとむず痒い
「––––俺も、大樹に久々に会えて良かった」
「お?なんだ、玲央が珍しく素直だな」
「俺がいつ素直じゃなかったんだよ」
「え?そんなの常にだろ」
「……」
一瞬の間。そして顔を見合わせて、俺らはブッと吹き出した。
「ちょっと大樹、あなたも瑠花ちゃんのお手伝いなさい」
キッチンから樹子さんが顔を出す。
「あっ、俺、やりますよ」
ガタン、と慌てて立ち上がると、樹子さんは首を横に振った。
「玲央くんは座ってていいのよ。お客様なんだから。私が用があるのは、そこの息子」
「おふくろ、玲央への態度は相変わらずだな……」
「何言っているの。息子を甘やかすわけないじゃない」
「それはそーだけど。悪い、玲央、ちょっと待ってて」
「俺も手伝うぞ?」
「いや、それはまじでいいって。すぐ終わるからさ」
「だーいき!ジュースじゃなくて、もうお酒にする?」
瑠花がひょっと顔を覗かせる。その手には、シャンパンのようなワインのようなボトルが抱えられている。
「いーややめろ、大人しくジュースにしとけ。お前夜帰るんだろが」
大樹が慌てて席を立つ。そういえば、瑠花は酒が弱いとかすぐ潰れるだとかなんとか、電話で話したことがあったような。
瑠花の腕からボトルを取り上げる大樹の横顔を見ながら、ふと、そんな事を思い出した。
インターホンを鳴らすと、即座にバタバタと騒がしい足音が向かってきた。ガチャ、と勢いよくドアが開く。
「玲央!」
ドアが開くや否や、瑠花が飛び出してきた。
「わっ、おい、瑠花っ」
仰け反りつつも、飛び込んできた身体をやんわりと押し戻す。
「こーら瑠花、帰ってこい」
大樹が笑いながら外に出てきた。
「久しぶりだな、玲央。お疲れさん」
久しぶりに会う親友の顔は、高校時の面影を残しながらも逞しい男の顔になっていた。部活をしていた頃と同じく、相変わらず日には焼けている。その黒さも、今は一端の社会人になった力強さの表れのようだった。
「よく来たな。ま、入れよ」
「おう。さんきゅ」
「わー、まじ、玲央久しぶりっ」
「だからお前は落ち着け」
「えー、ひどーい」
めげずに飛びつこうとしている瑠花の手首を押し戻しながら、俺は家の中に入った。一歩玄関に入ると、ひんやりと涼しい、昔と変わらない空気が俺を包み込む。
「おわ、懐かしい大樹ん家の匂い」
「え?俺ん家の匂い?そんなんあるのかよ」
よく覚えてんな、と大樹が笑った。
「しょっちゅう来てたからな」
「そーいやそーだな、毎週末来てたっけか」
「流石にそこまではないぞ」
「そうか?結局受験前も来て勉強してただろ」
「あー、言われてみれば……」
笑いながらお邪魔します、と靴を脱ぐ。肩にかけていたボストンバッグを下ろすと、一気に体が軽くなった。俺はようやく一息吐く。
ふう、とひとまず深呼吸。ひんやりとした空気が、火照った体を冷やしていく。
「ねえねえ」
俺に押し戻されてから静かにしていた瑠花が、堪り兼ねたのかちょんちょんっと肩をつついてきた。
「ん?どうした?」
「あたし、ずっと聞きたかったことあるんだけどさぁ」
「なんだよ、急にかしこまって」
唇に手を当てて、うーん、と逡巡した様子。が、意を決したように、あのね、と口を開いた。
「玲央ってさぁ、卒業してから、会ったりした……?」
誰に、というのは聞かなくても分かった。
瑠花はちょっとだけ困ったような顔をして、そっぽを向いている。なるほど、逡巡したわけはこれか。
「いやっ、単なる、興味ってゆーか、質問ってゆーかぁ」
そっぽを向いたまま、瑠花はもごもごと小さな声で付け加えた。––––ああもう、相変わらず率直すぎんだよお前。普通に装おうとして、出来てなさすぎ。そこがいいところだけどさ、でも……。
「いや。卒業してからも会ってないよ」
素っ気なく聞こえるように、一息で答えた。
「……え。まじ?」
「おう。あいつには全く会ってないし、連絡も取ってねーよ」
すごいだろ、七年以上音信不通ってやつだよ、と俺は軽く笑った。あくまで素っ気なく、平気そうに見えるように。何も気にしていない、そう示すように。
目が合って、瑠花は明らかに泣きそうな顔をした。途端、瑠花は俯いた。
「え、おい、瑠花。どうしたんだよ」
てっきり、なんだーそーなのかー、って返されるだけだと思っていた俺は、突然のことに焦る。
「瑠花?」
「や、ごめん、何でもない!」
ぱっと顔を上げて、瑠花はいつものように笑った。いや、いつものように、というのは少し違うかもしれない。笑った口元がちょっとだけ強張っていた。
俺たちの間に、なんとも言えない微妙な空気が流れる。
ええと、こういう時はどうしたらいいんだ。そうか、って笑って目を逸らせばいいのか?どうかしたのかって聞くべきなのか?いや、それは聞いてはいけない気がする。でも、女ってとことん付き合わなきゃいけないんだっけか。
こういう時、人付き合いの苦手さが思い知らされる。大樹だったら、何も気づかず笑い飛ばしてくれるのかもしれない。或いは、あいつだったら……。
気を張った笑顔に、俺は何も言う術がない。
「おい、お前ら早く上がれよ」
リビングの方から、先に行った大樹の声がとんできた。その声に、びくん、と弾かれたように瑠花が動いた。
「あっ、うん、今行く!玲央あがろっ」
「あ、おい瑠花っ!」
咄嗟に手が出て、瑠花の腕を掴む。
「……なに?」
振り向いた瑠花の瞳は、怯えていた。
「あ、いや、」
お前、やっぱ何か隠してるだろ。そう言いかけた口をつぐんだ。
「いや、やっぱ、なんでもねぇ」
瑠花の強張った顔を見てしまったら、やはり何も言えなかった。
「じゃあいこ」
「おう……」
お互いどこか余所余所しく笑う。そのまま言葉を交わすことなく、俺たちは大樹の家にあがった。
大樹の家は、高校時代とあまり変わってはいなかった。落ち着いた木の香りがするリビングに、大きなソファ。水色のカーテン。整理整頓された本棚と、たくさんの写真立て。いつ見ても綺麗な家だ。大樹の母親は、俺らが遊びに来る時はいつも綺麗に掃除しているらしかった。高校の時の土日、部活終わりの汚い野郎が五、六人も集まって床を汚し散らかしていたことを思うと、本当に頭が下がる。
「あら玲央くん!いらっしゃい!」
キッチンから、パタパタと大樹の母親が駆けてきた。
「ご無沙汰してます」
「ほんっとーに久しぶりよねえ!元気にしてる?」
「あ、はい。なんとか……ぼちぼちやってます」
「それはよかったわ!うふふ、どうぞゆっくりしていってね」
「あ、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、大樹の母親はにこにこと笑ってまたキッチンへと戻っていった。
「んじゃ、はじめよっ!歓迎会!」
「おう」
「あたし、ジュース取ってくるねー」
樹子さーん、冷蔵庫開けますねー、と瑠花がキッチンに向かう(ちなみに、樹子というのが大樹の母親の名前である)。さっきまでの強張った様子はもうない。その代わり、今日はもう、瑠花にあの話題を振ってはいけない気がした。
「じゃあ、俺らはこっち。玲央、お前はここ座ってな」
大樹に言われるがままダイニングテーブルに座り、大樹もまた俺の向かい側に腰を下ろした。テーブルには、皺一つない水色と白のチェックのテーブルクロスがかけられ、三人分のコースターと皿が並べられている。
「なんか……悪ぃな、色々」
「あ?何が?」
「いや、暫く泊めてもらうだけでも有難いのに、歓迎会、とか」
俺の言葉に、大樹はにやっと笑う。
「みんな嬉しいんだって。玲央が帰ってきたのがさ」
さらりとそんなことを言われると、小っ恥ずかしいやら嬉しいやら。キッチンから聞こえてくる女性二人の楽し気な話し声が、大樹の言う“嬉しさ”のような気がしてきて、身体がちょっとむず痒い
「––––俺も、大樹に久々に会えて良かった」
「お?なんだ、玲央が珍しく素直だな」
「俺がいつ素直じゃなかったんだよ」
「え?そんなの常にだろ」
「……」
一瞬の間。そして顔を見合わせて、俺らはブッと吹き出した。
「ちょっと大樹、あなたも瑠花ちゃんのお手伝いなさい」
キッチンから樹子さんが顔を出す。
「あっ、俺、やりますよ」
ガタン、と慌てて立ち上がると、樹子さんは首を横に振った。
「玲央くんは座ってていいのよ。お客様なんだから。私が用があるのは、そこの息子」
「おふくろ、玲央への態度は相変わらずだな……」
「何言っているの。息子を甘やかすわけないじゃない」
「それはそーだけど。悪い、玲央、ちょっと待ってて」
「俺も手伝うぞ?」
「いや、それはまじでいいって。すぐ終わるからさ」
「だーいき!ジュースじゃなくて、もうお酒にする?」
瑠花がひょっと顔を覗かせる。その手には、シャンパンのようなワインのようなボトルが抱えられている。
「いーややめろ、大人しくジュースにしとけ。お前夜帰るんだろが」
大樹が慌てて席を立つ。そういえば、瑠花は酒が弱いとかすぐ潰れるだとかなんとか、電話で話したことがあったような。
瑠花の腕からボトルを取り上げる大樹の横顔を見ながら、ふと、そんな事を思い出した。