カウン国にある、王家ノ城では今や王となったリーガンが住んでいた。
兄であり、アントナ国の王でもある、マーサーからの任命を受けて手に入れた地位だ。
だが、日に日にリーガンの顔は暗く沈んでいった。
彼の頭には、一人の少女が見えていた。
(シャラ王女…)
かつて、自分が仕えていたシャラ・カウン。リヨン女王の娘だった。
美しい「青ノ瞳」を持つ少女は、自分の裏切りにも気づかず、「生けにえノ刑」に処される寸前だった、母親であるリヨンのことを助けに行った。
それに気がついたのは、リヨンを池に投げ込み、岸辺に戻ったあとだった。
リーガンの裏の顔、それは「生けにえノ刑」の刑執行人だ。
アントナ国の王子だったリーガンは、元からリーダーシップが強かった。
それを見たマーサーが、リーガンのことを執行人に抜擢したのだ。
だが、国の王子がうろついていれば、目立つことは目に見えて分かっている。
そこでマーサーは、リーガンの素性を隠し、アントナ国からだ、と言って、リヨンの元に執事として送ったのだ。
もちろん、リーガンは不満でいっぱいだった。
元々、王となるものとして教育を受けてきたというのに、どうして執事にならなくてはならないのか…。
しかしその後、「生けにえノ刑ノ書」を読んでいたリーガンは、ある場所で手を止めた。
『……受刑者無きその時、カウン国の王または女王、身代わりとしてこの刑に処する。……』
これを読み終えた時、リーガンの頭には、恐ろしい計画が浮かんでいた。
―受刑者を無くし、リヨンを殺せば、自分に王位が移る…。
実は、この時、不幸にもシャラはまだ十歳だったために、継承権がまだ無かった。
その場合は、王女であるシャラの側近の人間に継承権が移るのが、カウン国での掟だ。
刑執行人の自分にとって、受刑者を無くすことなど、簡単なことだった。
―「受刑者ノ表」の最後の名前に、赤い線を引いてから「執行完了」と書けばいいだけなのだから…。
後に、自分も処刑されようと、どうでもよかった。とにかく、兄のせいで手放した、王位という立場を、手に入れられるのであれば、もうどうでもよかった。
そして、受刑者ノ表をリヨンが見るように仕向け、シャラに、リヨンとの最後の時間を過ごさせたのだ。
これで、リヨンはいなくなり、シャラと共にカウン国を治めれる…はずだった。
処刑当日、シャラが、リヨンのことを、助けに行くという、大きな手違いが生じたのだ。
助けに行く者を見つけた場合、直ちに弓で射殺すのが、この刑で必ず守るべき掟だ。
だが、十という幼さで、死罪を覚悟してまで、母親を助けに行ったシャラを、どうしても殺すことが出来なかった。
ただ、愛する母親を助けたいがために、深い池を溺れそうになりながら、必死に母の元に向かっていくシャラを…殺す事など、できるはずもなかった。
しかし、さらに予期せぬことが起こった。
リヨンが何かの音を使って、ランギョを操り、シャラをカウン国の外へと逃がしてしまったのだ。
一同が見えたのは、ランギョに捕まり、必死で引っ張られていく、シャラの姿のみだった。
そこに、リヨンはいなかった。
リーガンは、刑がひと段落すると、すぐに調査隊を派遣したが、見つけるどころか、シャラが流された痕跡すら、見つけることができなかった。
仕方がないといえば、仕方がないだろう。
この時シャラは、既にルータイに住むスフィルの家のそばに流れ着き、昏睡したまま、スフィルに助けあげられ、スフィルの家で眠り続けていたのだ。
加えて、流れの速い河に、流された痕跡が残っているはずもなく、河を辿って、探すしかなかったため、捜索は難航した。
実は、シャラが眠っている時、スフィルの家には、カウン国の兵が来ていた。
幸いにも、スフィルが出ていってから入った兵らしく、スフィルの顔を知らなかったようだ。
シャラについて、細かいことを話し、そういう子を見ていないか、とたずねた。
スフィルは、直感的にしらを切った方がいい、と判断した。
間違いなく、助けあげた少女がシャラだと確信したからだ。
そこで、スフィルはこう答えた。
「その子、ランギョと共に流されたって言っていましたよね?…確かに、数日前にランギョの死体を見ましたよ。だけど、少女なんていませんでしたよ?俺、視力には自信あるんで、間違いないですよ。大体、こんな森の奥深くに人が来ること自体、珍しいことなんです。来るの、大変だったんじゃないですか?ましてや、人が流れ着くなんて…俺は、ここにもう六年住んでますけど、そんなこと一度もなかったです。しかも、河って、かなり流れが速いんです。自分から近づくなんて、自殺行為ですよ。だから、長くなったけど、まとめて言えば、誰も来てない。そんな少女のことは知らない、ってことになりますよ。帰りはお気をつけて。」
兵たちは、意外にもあっさりと引き下がった。どうやら、スフィルの長く丁寧な説明に、敬意を表したみたいだった。
その結果を聞いたリーガンは、なぜか眉をひそめた。
その青年の特徴が、元王家の息子、スフィル・カウンにそっくりなのだ。
母を殺されたシャラが、次に兄の元に逃げこんでいる可能性は、充分あった。
だが、ひとしきり考えたところで、その考えを捨てた。
シャラは、六年前にスフィルが出ていったあと、スフィルがどこにいったのかなど、知るはずもないのだ。
自分すら知らない場所に、ほとんど外に出たことがないシャラが、たどり着けるはずもない。
ここまで考えると、あまり考えたくない可能性が、現実味を帯びてくる。
(まさか…死んだ…?)
絶対に知りたくない、認めたくない結果だ。
だが、その考えが出てくる理由はちゃんとあるのだ。
第一に、河の流れだ。見た目よりもかなり速い。あの水流に流されたら、ほとんど命はないに等しい。
第二に、シャラがランギョを操っていた、というよりは、ランギョに引っぱられているような感じだった。必死に捕まっている感じにも見えた。
どこに流れついていてもおかしくない。それに加えて、途中でランギョから落ちれば、まだ幼いシャラは、間違いなく命を落とす。
(シャラ王女…申し訳ございませんでした…。どうか…お許しください…。)
毎日のように、心の中でシャラに語りかけた。届くはずもない祈りを込めて…。
年を追うごとにやつれていくリーガンを、お付きの者たちが見逃すはずもない。
シャラが疾走して、三年が経った時、リーガンを説得し、細かいところまで調べる事にした。
王ノ印が入った書を掲げ、村の中まで調べあげた。
すると、調査を始めてから、わずか四日。
一人の兵が、とんでもない場所で、シャラを見つけた。
ルータイ国にある、トワラ星ただ一つの学舎、ウォーター学舎で、イシュリの世話をしているシャラがいたのだ。
青い瞳に長い茶髪、色白の肌にすらっと細い体格…どう考えても、シャラとしか思えなかった。
それに、周りも「シャラ」と呼んでいる。
王ノ印を持っていても、生徒の邪魔になるから、という正当釈明で、結局入ることまではできなかったが、森の中から、それを知ったのだ。
リーガンはそれを聞いた時、涙を流していた。
本当にシャラだとしたら、ルータイに流れ着き、ウォーター学舎で学びながら暮らしているのだろう。
だが、本当にシャラだという確証はない。もう少し調べないと、手は出せない。
しかし、ウォーター学舎は、トワラ星唯一の学舎だ。
警備が厳しいことで有名だったため、迂闊に中に入って捜索するなど、絶対にできないことだった。
そこで、スフィルを探すことにした。たとえ勘当された身だとしても、頼み込めば戻ってきてくれる、そう思っていた。
だが、シャラが疾走していた時よりも、さらに恐ろしいことが判明した。
スフィルは、暴走した馬車に轢かれ、居場所を突き止めた数日前に、この世を去っていたのだ。
二十歳という、自分よりもわずかに若い歳で、この世を去っていた。
こうなると、もう迷っている場合じゃなかった。何としてでも、シャラに会わなくてはならない。
だが、シャラに会ったところで、すんなり許してもらえるとは、到底思えなかった。
『ねえ、リーガン。私のこと、必ず守ってくれるんだよね?』
リヨンが処刑される前日、シャラが自分に言ってきた言葉が、ずっと頭の中をぐるぐるとまわっている。
気がつけば、リーガンの足は一つの部屋に向かっていた。
部屋の前で止まり、ドアに手をかけたが、躊躇の方が勝り、なかなか開けることができない。
そのドアの表札には、こう書いてあった。
『シャラ・カウン』
ここは、シャラが使っていた部屋だ。何度も入ってきたのに、今では、入ろうとするとかなり迷う。
首を振って、ドアの前を離れた。あとからあとから涙が溢れた。
シャラの部屋は、ユミリアに頼んで、ずっと掃除をしてもらっていた。
シャラがいた頃のまま、部屋を保っているのだ。―いつ、シャラが戻ってきてもいいように…。
リーガンは、ふうっとため息をついた。
自分は、いったい何をしているのだろうか…。
ここまでの三年間は、苦悩の連続だと思っていた。
だが、シャラが無事だとわかった今、シャラの方がはるかに過酷な三年間を過ごしてきたことが目に見えてわかった。
王家の娘、ひと目で「呪いノ民」だと分かる青い瞳…そんな苦しみを抱えたまま、どんな気持ちで三年間を過ごしたのだろうか…。
リーガンは、手で顔を覆った。
涙が溢れ、手と頬を濡らすのを感じながら、リーガンはうめいた。
シャラに会いたかった。
許されなくてもいい。拒まれてもいい。とにかく、元気に暮らしているところを見たかった。
でも、もうそれは叶う願いではない。
(誰のせいでもない…こうしたのは…俺自身だ…。)
本当に取り返しのつかないことをしてしまった。
シャラの笑顔、まだスフィルもアーシュもリヨンも、全員がいた頃の楽しく穏やかな、あの日々の断片…。
あの幸せな日々は、もう戻っては来ないだろう…そうしてしまったのは、ほかの誰でもない自分なのだ。
アーシュ、リヨン、スフィルといなくなった今、本当の後継者はシャラしかいない。
というのも、カウン国の王家の血が流れているのは、今やシャラ一人しかいないのだ。
何としてでも、ここに連れ戻さなくてはいけない。
シャラは、ルータイの人間ではない。カウンの人間だ。
リーガンの頭に、またもや恐ろしい考えが浮かんできていた。
(連れ戻すには…ウォーター学舎へ行かなくては…もしくは…嫌だがマーサーに頼むしかないか…晩餐を開いてもらえれば…。)
リーガンは、そこまで考えをまとめると、書き物机に向かった。
彼は、マーサーに手紙を出し、シャラについて教えることで、協力をお願いしようとしていたのだ。
こうして、リーガンの苦悩の日々は、さらに恐ろしい方向へと進んでしまうことになる。
明らかに、シャラを巻き込まざるをえない、恐ろしい計画が始まろうとしていた。
そして、その脅威はシャラに音もなく、少しずつ近づいていた。
兄であり、アントナ国の王でもある、マーサーからの任命を受けて手に入れた地位だ。
だが、日に日にリーガンの顔は暗く沈んでいった。
彼の頭には、一人の少女が見えていた。
(シャラ王女…)
かつて、自分が仕えていたシャラ・カウン。リヨン女王の娘だった。
美しい「青ノ瞳」を持つ少女は、自分の裏切りにも気づかず、「生けにえノ刑」に処される寸前だった、母親であるリヨンのことを助けに行った。
それに気がついたのは、リヨンを池に投げ込み、岸辺に戻ったあとだった。
リーガンの裏の顔、それは「生けにえノ刑」の刑執行人だ。
アントナ国の王子だったリーガンは、元からリーダーシップが強かった。
それを見たマーサーが、リーガンのことを執行人に抜擢したのだ。
だが、国の王子がうろついていれば、目立つことは目に見えて分かっている。
そこでマーサーは、リーガンの素性を隠し、アントナ国からだ、と言って、リヨンの元に執事として送ったのだ。
もちろん、リーガンは不満でいっぱいだった。
元々、王となるものとして教育を受けてきたというのに、どうして執事にならなくてはならないのか…。
しかしその後、「生けにえノ刑ノ書」を読んでいたリーガンは、ある場所で手を止めた。
『……受刑者無きその時、カウン国の王または女王、身代わりとしてこの刑に処する。……』
これを読み終えた時、リーガンの頭には、恐ろしい計画が浮かんでいた。
―受刑者を無くし、リヨンを殺せば、自分に王位が移る…。
実は、この時、不幸にもシャラはまだ十歳だったために、継承権がまだ無かった。
その場合は、王女であるシャラの側近の人間に継承権が移るのが、カウン国での掟だ。
刑執行人の自分にとって、受刑者を無くすことなど、簡単なことだった。
―「受刑者ノ表」の最後の名前に、赤い線を引いてから「執行完了」と書けばいいだけなのだから…。
後に、自分も処刑されようと、どうでもよかった。とにかく、兄のせいで手放した、王位という立場を、手に入れられるのであれば、もうどうでもよかった。
そして、受刑者ノ表をリヨンが見るように仕向け、シャラに、リヨンとの最後の時間を過ごさせたのだ。
これで、リヨンはいなくなり、シャラと共にカウン国を治めれる…はずだった。
処刑当日、シャラが、リヨンのことを、助けに行くという、大きな手違いが生じたのだ。
助けに行く者を見つけた場合、直ちに弓で射殺すのが、この刑で必ず守るべき掟だ。
だが、十という幼さで、死罪を覚悟してまで、母親を助けに行ったシャラを、どうしても殺すことが出来なかった。
ただ、愛する母親を助けたいがために、深い池を溺れそうになりながら、必死に母の元に向かっていくシャラを…殺す事など、できるはずもなかった。
しかし、さらに予期せぬことが起こった。
リヨンが何かの音を使って、ランギョを操り、シャラをカウン国の外へと逃がしてしまったのだ。
一同が見えたのは、ランギョに捕まり、必死で引っ張られていく、シャラの姿のみだった。
そこに、リヨンはいなかった。
リーガンは、刑がひと段落すると、すぐに調査隊を派遣したが、見つけるどころか、シャラが流された痕跡すら、見つけることができなかった。
仕方がないといえば、仕方がないだろう。
この時シャラは、既にルータイに住むスフィルの家のそばに流れ着き、昏睡したまま、スフィルに助けあげられ、スフィルの家で眠り続けていたのだ。
加えて、流れの速い河に、流された痕跡が残っているはずもなく、河を辿って、探すしかなかったため、捜索は難航した。
実は、シャラが眠っている時、スフィルの家には、カウン国の兵が来ていた。
幸いにも、スフィルが出ていってから入った兵らしく、スフィルの顔を知らなかったようだ。
シャラについて、細かいことを話し、そういう子を見ていないか、とたずねた。
スフィルは、直感的にしらを切った方がいい、と判断した。
間違いなく、助けあげた少女がシャラだと確信したからだ。
そこで、スフィルはこう答えた。
「その子、ランギョと共に流されたって言っていましたよね?…確かに、数日前にランギョの死体を見ましたよ。だけど、少女なんていませんでしたよ?俺、視力には自信あるんで、間違いないですよ。大体、こんな森の奥深くに人が来ること自体、珍しいことなんです。来るの、大変だったんじゃないですか?ましてや、人が流れ着くなんて…俺は、ここにもう六年住んでますけど、そんなこと一度もなかったです。しかも、河って、かなり流れが速いんです。自分から近づくなんて、自殺行為ですよ。だから、長くなったけど、まとめて言えば、誰も来てない。そんな少女のことは知らない、ってことになりますよ。帰りはお気をつけて。」
兵たちは、意外にもあっさりと引き下がった。どうやら、スフィルの長く丁寧な説明に、敬意を表したみたいだった。
その結果を聞いたリーガンは、なぜか眉をひそめた。
その青年の特徴が、元王家の息子、スフィル・カウンにそっくりなのだ。
母を殺されたシャラが、次に兄の元に逃げこんでいる可能性は、充分あった。
だが、ひとしきり考えたところで、その考えを捨てた。
シャラは、六年前にスフィルが出ていったあと、スフィルがどこにいったのかなど、知るはずもないのだ。
自分すら知らない場所に、ほとんど外に出たことがないシャラが、たどり着けるはずもない。
ここまで考えると、あまり考えたくない可能性が、現実味を帯びてくる。
(まさか…死んだ…?)
絶対に知りたくない、認めたくない結果だ。
だが、その考えが出てくる理由はちゃんとあるのだ。
第一に、河の流れだ。見た目よりもかなり速い。あの水流に流されたら、ほとんど命はないに等しい。
第二に、シャラがランギョを操っていた、というよりは、ランギョに引っぱられているような感じだった。必死に捕まっている感じにも見えた。
どこに流れついていてもおかしくない。それに加えて、途中でランギョから落ちれば、まだ幼いシャラは、間違いなく命を落とす。
(シャラ王女…申し訳ございませんでした…。どうか…お許しください…。)
毎日のように、心の中でシャラに語りかけた。届くはずもない祈りを込めて…。
年を追うごとにやつれていくリーガンを、お付きの者たちが見逃すはずもない。
シャラが疾走して、三年が経った時、リーガンを説得し、細かいところまで調べる事にした。
王ノ印が入った書を掲げ、村の中まで調べあげた。
すると、調査を始めてから、わずか四日。
一人の兵が、とんでもない場所で、シャラを見つけた。
ルータイ国にある、トワラ星ただ一つの学舎、ウォーター学舎で、イシュリの世話をしているシャラがいたのだ。
青い瞳に長い茶髪、色白の肌にすらっと細い体格…どう考えても、シャラとしか思えなかった。
それに、周りも「シャラ」と呼んでいる。
王ノ印を持っていても、生徒の邪魔になるから、という正当釈明で、結局入ることまではできなかったが、森の中から、それを知ったのだ。
リーガンはそれを聞いた時、涙を流していた。
本当にシャラだとしたら、ルータイに流れ着き、ウォーター学舎で学びながら暮らしているのだろう。
だが、本当にシャラだという確証はない。もう少し調べないと、手は出せない。
しかし、ウォーター学舎は、トワラ星唯一の学舎だ。
警備が厳しいことで有名だったため、迂闊に中に入って捜索するなど、絶対にできないことだった。
そこで、スフィルを探すことにした。たとえ勘当された身だとしても、頼み込めば戻ってきてくれる、そう思っていた。
だが、シャラが疾走していた時よりも、さらに恐ろしいことが判明した。
スフィルは、暴走した馬車に轢かれ、居場所を突き止めた数日前に、この世を去っていたのだ。
二十歳という、自分よりもわずかに若い歳で、この世を去っていた。
こうなると、もう迷っている場合じゃなかった。何としてでも、シャラに会わなくてはならない。
だが、シャラに会ったところで、すんなり許してもらえるとは、到底思えなかった。
『ねえ、リーガン。私のこと、必ず守ってくれるんだよね?』
リヨンが処刑される前日、シャラが自分に言ってきた言葉が、ずっと頭の中をぐるぐるとまわっている。
気がつけば、リーガンの足は一つの部屋に向かっていた。
部屋の前で止まり、ドアに手をかけたが、躊躇の方が勝り、なかなか開けることができない。
そのドアの表札には、こう書いてあった。
『シャラ・カウン』
ここは、シャラが使っていた部屋だ。何度も入ってきたのに、今では、入ろうとするとかなり迷う。
首を振って、ドアの前を離れた。あとからあとから涙が溢れた。
シャラの部屋は、ユミリアに頼んで、ずっと掃除をしてもらっていた。
シャラがいた頃のまま、部屋を保っているのだ。―いつ、シャラが戻ってきてもいいように…。
リーガンは、ふうっとため息をついた。
自分は、いったい何をしているのだろうか…。
ここまでの三年間は、苦悩の連続だと思っていた。
だが、シャラが無事だとわかった今、シャラの方がはるかに過酷な三年間を過ごしてきたことが目に見えてわかった。
王家の娘、ひと目で「呪いノ民」だと分かる青い瞳…そんな苦しみを抱えたまま、どんな気持ちで三年間を過ごしたのだろうか…。
リーガンは、手で顔を覆った。
涙が溢れ、手と頬を濡らすのを感じながら、リーガンはうめいた。
シャラに会いたかった。
許されなくてもいい。拒まれてもいい。とにかく、元気に暮らしているところを見たかった。
でも、もうそれは叶う願いではない。
(誰のせいでもない…こうしたのは…俺自身だ…。)
本当に取り返しのつかないことをしてしまった。
シャラの笑顔、まだスフィルもアーシュもリヨンも、全員がいた頃の楽しく穏やかな、あの日々の断片…。
あの幸せな日々は、もう戻っては来ないだろう…そうしてしまったのは、ほかの誰でもない自分なのだ。
アーシュ、リヨン、スフィルといなくなった今、本当の後継者はシャラしかいない。
というのも、カウン国の王家の血が流れているのは、今やシャラ一人しかいないのだ。
何としてでも、ここに連れ戻さなくてはいけない。
シャラは、ルータイの人間ではない。カウンの人間だ。
リーガンの頭に、またもや恐ろしい考えが浮かんできていた。
(連れ戻すには…ウォーター学舎へ行かなくては…もしくは…嫌だがマーサーに頼むしかないか…晩餐を開いてもらえれば…。)
リーガンは、そこまで考えをまとめると、書き物机に向かった。
彼は、マーサーに手紙を出し、シャラについて教えることで、協力をお願いしようとしていたのだ。
こうして、リーガンの苦悩の日々は、さらに恐ろしい方向へと進んでしまうことになる。
明らかに、シャラを巻き込まざるをえない、恐ろしい計画が始まろうとしていた。
そして、その脅威はシャラに音もなく、少しずつ近づいていた。