午後の授業は本当に退屈で、特に木曜日は私にとって最悪だった。大嫌いな現代文の授業は、ただ教科書を読むだけで、眠くて仕方がなかったから。お弁当を食べたあとはただでさえ居眠りしてしまいそうなのに、現代文の先生は厳しくて有名で、居眠りなんてしようものなら職員室に呼び出されるか、部活動が終わる時間まで居残りさせられるかのどちらかだった。

 とは言っても、居眠りしているクラスメートはちらほらいた。その中には、学年でも1、2を争うほどのイケメンと名高い高崎凖也《たかさきじゅんや》くんもいた。彼は成績が良く、運動も出来て人気者だ。まさに漫画に出てくるような男の子である。そんな人がモテないはずがないし、噂では彼女が10人以上もいるとか…いないとか。

 私は最近、そんな彼を見てキュンキュンするのにはまっている。彼を見るだけで、眠気が一気に覚めるからだ。小、中学生時代は女子校で育った私は、クラスに男の子がいるという感覚が一年経った今でも不思議で仕方がない。だから、クラスにイケメン男子がいるなんて夢のまた夢みたいだった。もちろん恋愛なんてもっての外、したことがないし、しかたすらわからない。


 だけど私は割とモテるみたいで、たまに告白されることがある。でもきっとそれは、“女子校育ちの初心な女の子”というキャッチフレーズにみんな憧れているだけ。話したこともない、何も知らない私によく告白できると思う。正直、そんな人ばかりでうんざりだった。

 それに比べ、小学生の頃からの親友である斎藤梨花《さいとうりか》は、高校に入学して早々、大して知りもしない人の告白を受けて彼氏を作った。どうせ一ヶ月も持たないだろうと思っていたのに、二年生になった今でも順調に付き合っている。そんなところを見ると、そんな恋愛の始まり方も有りなんだなぁと思うけど…私には到底無理そうだ。


 ——— ♪


 そんなことを考えていると予鈴が鳴った。現代文の先生は居眠りを叱った生徒に放課後居残りするよう言い、教室を出て行った。
 ———ああ、やっと終わった。
 次は授業ではなく、席替えの時間だ。やっと出席番号順の並びから解放される。それだけでも喜ばしいけど、あわよくば高崎くんと隣になれたらいいな、なんて思っている。近くでイケメンを拝めるなら、それ以上の幸せは今のところないだろう。

「悠奈っ」
「梨花…どうしたの?ご機嫌じゃん」
「まぁね!次の席替え、私がくじ作ったんだー。これで一ヶ月間マサトの隣!」
「はぁ…そういうことね」
「羨ましいでしょー」

 悪いけど全然羨ましくない。とは思っても言わなかった。梨花は自分の彼氏が世界で一番かっこいいと思っているから幸せ者だ。だって言ったら悪いけど、そんなにかっこよくないもん、マサトくん。だから別に、細工してまで隣の席を独占しなくても、誰にも取られたりしないだろうに…梨花は呆れるほど彼氏にゾッコンだ。

「悠奈のも細工してあげようか?誰の隣がいい?」
「いや、いいよ私は」
「えー?高崎くん?」
「待って、言ってないでしょそんなこと」
「顔に書いてあるよー?」
「書いてないから!」

 梨花はニヤニヤしながら離れて行った。前に少し、高崎くんがかっこいいと言っただけなのに…好きだと勘違いしている。確かに高崎くんを見たらキュンキュンするし、隣になれるなら嬉しいけど、恋愛感情を抱いているわけではないのだ。そういくら弁解しても、梨花には通用しない。



 * * *



 そして、ついに待ちに待った席替えのくじ引きが始まった。
 みんなドキドキしながらくじを引いていることだろう。女子はみんな目をギラギラさせて、高崎くんの隣を狙っている。このくじが、裏で梨花の陰謀によってコントロールされているとは知らずに…ああ、怖い。

 とりあえず私もくじを引こう。私だって高崎くんの隣がいいけど、クラスの女子から僻まれそうだし、せめて後ろの目立たない席に座れればいいや。



 * * *



「———よし、みんな移動したなー」

 担任の声が教室に響いた。席替えは盛り上がり、席の移動を無事に終えた。喜ぶ人に、ショックを受ける人…いろいろいるけど、私は今、これ以上にないくらい梨花を恨んでいた。なんでって、そりゃあもうだいたい予想がついていると思うけど…

「よろしく」
「よ、よろしく…」

 まんまと梨花の陰謀により、私は高崎くんの隣になってしまった。

(梨花!どういうこと!)

 こちらを見てニヤニヤする梨花に口パクで言った。彼女は本当に何もわかっていない。高崎くんの隣になろうものなら、あらゆる女子から恨まれるというのに…
 そんな私の運命なんてつゆ知らず、梨花はウィンクをしてさっさと前を向いてしまった。


ああ、なんて最悪な木曜日だろう…