数コールで電話に出た慧亮は、私からの電話に、澄んでいるけど深みのある低い声を僅かに弾ませて、「珍しいな、桔季から電話なんて」と言った。我ながら、本当にレアだと思う。

 いつも慧亮にお見舞いに来てもらうばかりで、自分はあちらに向かうことができないということに、改めて気付かされる。そう考えると、自分を見つめ直すことができて、心から良かったと思った。



「……あの、さ。いつもありがとね。」

「は?どうしたの、突然。」

「うん。何となく、言いたくなって。」



 私の言葉に、「何だそれ!気まぐれだなぁ」と笑う低い声。それは雄大な海へと続く穏やかな川のように、私を安心させる。

 例えるなら、川岸に小さな黄色い花が咲いている春の川。ここは殺風景な病院の筈なのに、私は頬を撫でる心地良い風さえ感じている。

 ――あ、描かなくちゃ。頭に浮かんだ彼のイメージが、薄れてしまう前に。



「……慧亮、ごめん。イメージが消えちゃうから切るね。」

「え、俺と話してんのに次回作の構想練ってたの?酷くない?」

「酷くないよ。むしろ逆。あんた、今度お見舞いに来た時びっくりするから覚悟しといてね。」



 返事を待たずに切った電話。さぁ、これから一仕事。絶対に、満足させてみせるからね。