カキーン

ダーン

「うん。今日もみんな調子良さそうね」

翌日の朝練。私はベンチで練習を見守っていた。

「奏、そろそろスクイズ用意するよ」

「はーい」

同じマネージャーの華先輩が声がけをする。華先輩は3年生で、キャプテンの真尋先輩と付き合っている。マネージャーは私と華先輩の二人だけだ。私達はスクイズ(水)を用意して、グラウンドに置き、またベンチで見守る。

「ねえ、奏」

「はい」

「奏さ、潤君のこと好きでしょ」

「ホブッ」

水を飲んでいた私は思わず吹き出し、咳き込んでしまった。

「図星なんだ」

「言わないでください」

「大丈夫。誰にも言わないよ」

「いつから好きなの?」

「高校2年の秋からです」

「きっかけは?」

「プロ野球球団の東京ミルクスワローズに所属している仁藤海人っていう高卒ルーキーをご存知ですか?」

「ああ。海人様?私ファンなんだ。けど、それがどうしたの?」

「私はもともと海人が好きだったんです」

「ああ。奏同い年か」

「はい。それで、私は高校2年の秋に告白したんですけど、振られてしまって…」

「もしかして、今の彼女さんのことその時から好きだったのかな?」

「はい。そうだと思います。それで、その日、誰もいない高校のグラウンドで一人で泣いていたら潤が慰めてくれて、ずっと一緒にいてくれたんです」

「おお。潤君優しそうだもんね」

「その優しさが好きになったきっかけですかね」

「いい話だなぁ。奏と潤君と海人様は一緒に練習してたんだよね」

「はい」

「嫌じゃなかった?大好きな人と対戦するの」

「もちろん嫌でした。けど、仕方ないじゃないですか」

「だね。今も海人様と交流してるの?」

「はい。よく連絡も取り合ってます。まあ、2週間に一回くらいですが」

「あんまり連絡すると彼女の奈々香さんに怒られるからね。奈々香さんとは仲良いの?」

「はい。振られてからは仲良くなって、よく遊びに行ってます」

「そっか。良かった」

「華先輩は?真尋先輩と上手くいってるんですか?」

「私?うん。上手くいってるよ。昨日だって夕食一緒に作ったし」

華先輩と真尋先輩は同棲をしている。

「結婚とか考えてないんですか?」

「結婚…まだかな。というより私は真尋の決断に合わせようと思うんだ。結婚のことも、これからのことも」

「そうですか…」

「うん…」

そんなことを言っていると練習が終わった。

「はい、お疲れ。今日の午後練はなし。明日は東京ミルクの25歳以下との練習試合だからな。しっかり調整しとけよ。」

「そっか。明日か」

「楽しみだね」

「はい」

解散後、

「マネージャー、明日の相手チームのスタメンだ。これを見てどう思う?」

相手チームの先発は大型ルーキーである海人。オーダーは、
1番 セカンド 山木哲也 2年目 19歳
2番 サード 川井慎 7年目 25歳
3番 レフト 上野武 7年目 25歳
4番 キャッチャー 中田悠介 4年目
21歳
5番 ファースト 西井明人 2年目 19歳
6番 ライト 日屋田歩 1年目 24歳
7番 センター 松田潤 3年目 25歳
8番 ショート 早来咲太 1年目 22歳
9番 ピッチャー 仁藤海人 1年目 18歳

「なるほど…。先発だけ見たら向こうは本気で来てますね」

「いえ、海人、山木さん、川井さん、上野さん、中田さんという並びはなかなかの並びですよ、華先輩」

「なるほど、オーダーに着目したか」

「はい。また、早来さん、松田さんは、まだ、1軍出場がありませんので、実力は計り知れないです」

「そうか。新垣はどうだ?」

「そうですね。1番、3番、6番、7番、8番は足の速い選手なので、刺したいところです。それと、向こうは、ここまで最強の布陣で挑んで来てるので、攻撃主体で行きたいですね。ただでさえ、海人は打ちにくいので」

「なるほどな。その意見もオーダーに取り入れてみよう。その意見的にはキャッチャーは金井というところか。チーム1の強肩とバッティング能力を持つからな。また、向こうの先発は仁藤だ。高校時代バッテリーを組んでいた、あいつなら攻略法がわかるかもしれないしな」

「そうですね」

「他はレギュラーメンバーでいいか?」

「はい。異論ありません」

この学校の野球部はオーダーをマネージャーに相談することになっている。結局のところ、決めるのは監督だのだが。

「わかった。ありがとう」

楽しみだな。明日の試合。



そして、翌日

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「奏、潤、久しぶり!」

「海人!」

海人がベンチまで走ってくる。

「元気だったか?」

「ああ。お前も大変なキャンプでコンディション不良になってないか?」

「それ誰から聞いたんだよ」

「ふっふっふー。奈々香から聞いていたんだよなぁ」

「なるほどな。奈々香から奏に、奏から潤に伝わったということか」

「そういうことだ」

「コンディション不良起きてるか起きてないかは一昨日の試合見てたら分かるだろう」

「まあな。これはネタで言ったものだ」

「潤は冗談多いよ。高校の時から」

「そうか?」

「ああ」

「うん。冗談多いと思う」

「一足遅いエイプリルフールだ」

「あははははは」

三人で笑った。

「慶應義塾大学野球部、集合」

「やば。集合かかった」

「じゃあな。海人」

「おう。そうだ潤、この試合、本気で行くからな。手加減なしだぜ」

「おう!」

こうして、海人と別れた。

「それじゃあオーダーを発表するぞ。
1番 センター 大山
2番 ファースト米内





8番 キャッチャー 金井
9番 ピッチャー 櫻だ。
このメンバーでプロを倒すぞ。行くぞ」

「おう」


その後、

「東京ミルク、スターティングメンバー…」

掲示板でのスタメン発表が終わった後、

「いよいよ…始まる」

海人がマウンドに行き、1番の3年の大山先輩が打席に立つ。私はベンチでスコアを取る。審判の指示で試合が始まった。