家を飛び出した歳三の後ろ姿を喜六は見送りながら、為次郎を一目見ると深い溜息を吐いた。

「まったく、あんな事言って…」


喜六は歳三が牛革草を採る事に期待を感じていたが、子供の手で一日で摘み終えるかどうか不安が交互によぎり、複雑な気持ちに陥った。


「獅子は我が子を千尋の谷に落とすものだ。
トシなら意地でも摘み終えると思うけどな。
どうだい、黒砂糖でも賭けるか?」


悪戯っぽく為次郎は笑うと、喜六は妙に落胆した。

「あいつが折れたら、大人総出で牛革草を取りに行くしかない…か」

ぼそりと呟いた言葉を、為次郎は聞き逃さなかった。

「んじゃ、お前は摘み終わらないほうに賭けるんだな」

「あー、分かったよ!!
黒砂糖でも何でもかけてやるべえ」


黒砂糖は為次郎の好物なのである。
しめしめと笑いながら、為次郎は言葉を紡いだ。

「ならばトシには褒美で橋本さん家の沢庵でもやらねえとな」

 小野路村に住む橋本道助は土方家の親戚である。
橋本家で漬けた沢庵を、歳三はえらく気に入っており、以前、小野路村に歳三を連れて行った際に例の沢庵を樽ごと持って帰りたいと駄々をこねた事があったのである。

「じゃあ、歳三が牛革草を摘んでる間に、橋本さん家にも寄ってくるよ」


「それが良い。すまんなァ、俺は目が見えないモンだから…。
本当は俺が行ってやりたいんだがなァ」


為次郎はそう言うと、喜六はハッとここでようやく、全ては為次郎にしてやられたと理解したのであった。