文久三年(1863年)九月十三日。
祇園の貸座敷、『山緒(やまのお)』。
ここに新見錦が潜伏している事が判明した。
歳三は島田と原田、そして山南は屋敷をジッと見た。

もし手向かいしてきて、剣を交える事と相成ったら、如何にするか。

新見が強い事はよく知っている。

神道無念流免許皆伝。
ましてや酒が入れば、新見は芹沢でさえも手をつけられないようになる事がある。

「いいか、油断はするな……。
粛清で来たわけじゃねえんだからな」

一同は固唾を飲み込んだ。
斬り合いはどうしても避けたかった。
芹沢の為にも、無様な生き恥を晒す新見の為にも斬り合いだけは、避けねばならないと歳三は考えていた。

「御免。壬生浪士組である」

歳三は店主にそう言うと、新見錦は居るか、と訊いた。

「はて、そのような方は今日は来ていませんが」

歳三は島田を見た。
島田はしずかに頷いた。
調べでは確かに山緒に居るはずだ。

「それでは田中伊織は?」

「あぁ、田中さんならお見えになっておりまっせ」

 店主に案内されて田中伊織のいる部屋へと向かうと、膳部を目の前にし酩酊としている新見がそこにはいた。

「ご無沙汰しております。
“田中”先生と大事なお話がありますんで、どうか席を空けてください」

と芸妓に歳三は言うと、ただならぬ雰囲気を芸妓も察し、部屋から出て行く。

「……久しぶりだなァ、土方。
俺を、斬りにでも来たのか?」

新見は覚悟を決めたかのように、脇差に手をかけた。

──俺の剣は、酒が入れば入るほど、斬れ味がよくなる。

よく新見はそう言っていた。
ニヤリと笑う新見、まずい算段である。
このままでは斬り合いになってしまうかもしれない。

「新見さん。
もうアンタが雇っていた河上彦斎も今や京にはいない」

噂では聞いていた。
例の政変の際に、長州へ下り三条実美の警固をするという事を。

「俺の闇討ちは失敗し、もうアンタが姿をくらまして、逃げ惑う理由なんてないんだ」

「斬る前に嫌味でも言いに来たのか」

新見はゆっくりと鯉口を切った。
天然理心流の田舎剣法に、神道無念流が負けるわけがないと自負もある。
河上彦斎は伯耆流によく似た自己流であるがゆえに仕損じたが、自分の腕前では歳三を斬ることなんて容易に出来ると考えていた。