『今日から3年間、嘘をつき続けろ。』
「へ?」
『今日から3年間、誰かに何かを聞かれたら、常に嘘をつけ。
それが出来たらお前に80年分の寿命をくれてやる。
ただし、一度でも本当の事を言ったらその瞬間、今度こそお前の命を貰う。』
「ちょっと意味がよく分からないんですけど、
もし誰かに何かを聞かれたら、自分が思っていることと逆のことを言い続ければいいんですか?」
『そうだ。口先だけの嘘ではダメだぞ。
もし嘘をついたらその通りに行動しろ。』
「どういうことですか?」
『例えば、“明日学校へ行くか?”と誰かに聞かれた場合、
行くつもりであったなら“行かない”と答えろ。
そして答えたからには学校は休め。
口先だけ“行かない”と行って、その後何事も無く学校に行くのは認めない。』
「そういうことですか・・。」
『私は死神だ。お前の本音は手に取るように読み取れる。
もう1度言うが、もし本音をそのまま口にしたらその瞬間、お前の命は貰う。」
「誰かに何かを聞かれた時だけ嘘をついて、その通りに行動すればいいだけなんですよね?」
『今お前が言った台詞を先程私がそのまま言っただろう。
お前は面白い人間だな。』
「ハハ、簡単だ。そんなの楽勝ですよ!
だって何も聞かれなきゃ嘘をつく必要もない。
口にさえ出さなければやりたいように行動できるじゃないですか。」
『今に分かる。
死ぬより辛い日々がお前を待ち受けるだろう。
ゼウスのじいさんもこの条件ならお前の寿命を延ばすことの許しをくれたからな。』
「ぜうすのじいさん?」
『こっちの話だ。気にするな。
それから、この事を誰かに話すのも認めない。
もし誰かに話そうとしたら、その前に命は貰う。』
宙に浮いていた死神は、更に高くその体を浮かせた。
まるで空に消えていくように。
『次にお前に会うときは3年後の今日、
3月1日23時59分。
もしくはルールを破った時だ。
それはつまりお前が死ぬ時。
私の姿を確認する間もなくお前は逝くけどな。』
最後にそう言い残して、完全にその姿は消えた。
とりあえず助かったっていうことなのか・・・
夢ならもうここらへんで覚めてもいいのにな。
体が寒さを感じ、これが現実だと思い知らされる。
とにかく家に帰ろう・・・。
頭の中はさっきのことでいっぱいだった。
嘘をつけばいいんだ。
それだけでいいんだ。
絶対にやれる。
3年間我慢して、18歳の誕生日を迎えたとき俺は解放されるんだ。
絶対に大丈夫だ。
「ただいま。」
家に帰ると先程までの緊張感が和らいだ気がした。
と同時に、お腹が鳴った。
腹減った・・・。
着替えようと自分の部屋に行こうとしたとき、母ちゃんがリビングから現れた。
「おかえり。お腹すいてるでしょう?
すぐに用意するからお風呂入ってらっしゃい。」
「ああ、・・・・・」
・・・・ん?・・・・
“お腹すいてるか?”
って今聞かれたぞ・・・・
「・・・・お腹すいてない・・・。」
「なんだい。ハルイチ君と何か食べてきたのかい?」
「・・・ああ食べた・・・。」
「だったらそう連絡しなさいよ。
今日はあんたの好きな生姜焼きだったのに。」
母ちゃんはリビングに戻った。
ハハハハ。そういうことか死神。
物分かりの悪い自分だったけど、ようやく理解した。
何気ない日常。何気ない生活。
今まで深く考えたことなかったけど、誰かとの会話って大体“質問”と“その答え”で出来てるんだ。
自分の部屋へと戻り、グーグーと鳴るお腹を両腕で押さえつける。
『死ぬより辛い日々がお前を待ち受けるだろう』
死神の言葉が頭の中で繰り返された。
第1話 完
第2話 サッカーを捨てた日
高校入試の面接は何とか乗り切れた。
幸いにも、
“志望動機はなんですか?”
“この学校でやりたいことはなんですか?
っていう感じで、逃げ道がたくさんある質問しか受けなかった。
【サッカーがやりたい】
その本音を隠し、
“勉強をのびのびやりたい”って嘘で固めた回答を続け、無事に合格することが出来た。
ハルイチには申し訳ないことをしたな。
自主練の誘いがずっとあったが、
“体調が悪い” “まだ治らない”
そうやってはぐらかしてずっと断った。
返信をしないことも何度もあった。
“体調が悪い”っていう嘘は結構使えるな。
残りの春休みは極力人と会わないように過ごし、なんとか高校の入学式まで辿り着くことが出来た。
「ハヤタ!なんだか久しぶりだな!
熱はもう大丈夫か?」
学校に着くと、高校の制服を着たハルイチがさっそく話しかけてきた。
「いや。」
「マジかよ。
お前もうすぐ死ぬんじゃね?」
ハルイチ・・・冗談きついぞ。
一緒に自分のクラスを確認しに下駄箱へ向かう。
俺は数日前から葛藤していた。
サッカー部に入り、サッカーを続ける。
嘘をつきながら本当にそんな事ができるだろうか。
“大丈夫か?”
この質問が一番厄介だ。
“大丈夫じゃない”と答えるしか無い。
例えば、プレー中に相手にタックルされ、審判や監督にそう聞かれたら・・・
チームスポーツにおいて、嘘をつくという行為がどれだけの被害をもたらすか。
考えれば考えるほど色んな場面が頭の中を巡り、涙が止まらなかった。
・・・・もうサッカーを辞めるしかないのか・・・
「なんだよ~。
ハヤタとクラス離れちゃったじゃん。」
下駄箱に張り出されたクラス表を見ると1組に俺の名前、5組にハルイチの名前があった。
ごめんなハルイチ。
お前とクラスが離れてめちゃくちゃ嬉しいよ。
「まぁ部活の時間になれば嫌でも会えるしな!
頑張って1年からレギュラー取ろうぜ。」
「そうだな。」
「今日さっそく練習見学に行こうぜ!
スパイク持ってきたから練習混ぜてもらえるかもしれないし。」
「そうだな。」
ハルイチと分かれて1組の教室に入る。
同じ中学だった奴の顔が何人かいたけど、
ほとんど喋ったこともないような奴らばかりだから話しかけられることはないだろう。
極力友達を作ってはいけない。
とにかく会話を・・“質問”を避けないと・・。
「絶対そうだよー。」
「ね!そうだよね!」
「私ちょっと確認してくる!」
「チカ頑張って~。」
「ねぇねぇ!」
いきなり後ろから肩を叩かれ、びっくりして声が出そうになった。
誰だ・・?
後ろを振り返ると1人の女子が立っていた。
「いきなりごめんね。
あのさ、河原君だよね?」
「違う。」
「え・・だって席って出席番号順だからそこ河原君の席だと思うけど・・。」
「河原ハヤタは偽名だ。
訳あってずっとこの名前を使ってる。
これは秘密にしてくれ。
絶対にだ。誰にも言うな。」
とっさにすぐこんな嘘で切り返すことが出来た自分に驚いた。
人間って“死”が隣合わせになると、こんなにも頭の回転が早くなるんだな。
これからは“河原ハヤタは偽名”って設定にしなきゃいけないのか・・。
この子が誰にも言わないことを祈るしかないか。
「意味分かんないけど、一応河原君なんだね!
河原君って末丸東中学のサッカー部で10番つけてた人だよね!?」
「違う。つけてない。」
「もうさっきから冗談言うのはいいよ!
私が通ってた学校、県大会の2回戦で河原君達に負けたんだけど、
“あの10番の人すごいね”ってみんなで話してたんだ。」
「君はサッカー部のマネージャーやってたの?」
「うん!私、夏目チカ。よろしくね。
高校でもマネやろうと思ってるんだ。」
夏目チカか。
まさか中学の時の対戦校だった人が俺のこと覚えてくれているとはな。
「もちろん河原君もサッカー部入るよね!?」
【サッカー部入るよね?】・・・・・・か。
夏目、ありがとう。
なんだか肩の荷が下りた気がしたよ。
ここ数日の葛藤、
“サッカーを続けて大丈夫か”
今この瞬間に決着がついた。
【サッカーがやりたい】
【サッカー部に入って高校でもサッカーを続ける】
よくよく考えたら、死神に出会ったあの日からこの質問が誰からも無かったのが不思議なぐらいだ。
「入らない。」
「・・・・・・・え?」
「サッカー部には入らない。」
明らかに夏目の表情が変わった。
そりゃ驚くだろうな。
俺のことを知ってくれてたのなら尚更。
「本当・・?」
「本当だ。」
「高校でもサッカー続けないの?」
「続けない。
サッカー部には入りたくない。」
『口先だけの嘘ではダメだぞ。
もし嘘をついたらその通りに行動しろ。』
死神も容赦ないな。
きっとこういうパターンの時をちゃんと想定してたんだろう。
“サッカー部には入らない”
って嘘をついたからには、
サッカー部に入部した瞬間俺は死ぬ。
「なんで!?どこか怪我でもしてるの?」
「・・・サッカーなんて初めから嫌いだったんだよ。
お前、うるさい。もうあっち行け。」
・・・・高校卒業したら・・・またどこかでサッカー出来るといいな・・・・
第2話 完