『あの娘にも困ったものだな。』
「チカのことですか?」
『だが、お前はあの娘を殴ってでもスタジアムに連れて行かれるのを阻止するべきだった。』
「・・・・・何で俺を殺さなかったんですか?」
『お前のことは、お前達からすると“あの世”でも話題になっている。
当然、他の死神連中は、ついにお前が本音のまま行動したと大盛り上がりした。
私もお前がスタジアムに入った瞬間、命を取ろうとした。
だが・・・ゼウスのじいさんが私を止めた。』
「ぜうすのじいさん?」
『お前で例えると校長先生のようなものだ。』
「何でその校長先生は止めたんですか?」
『私に聞くな。
あのじいさんは何を考えているのか死神でも分からないからな。』
「・・・」
『だが当然、私や他の死神達は納得しない。
それに閻魔のおやっさんまでも今回の事に物議を醸した。」
「えんまのおやっさん?」
『お前で例えると他校の校長先生だ。』
「それでどうなったんですか?」
『詳細は我々“あの世”に住む者の話だからできないが、お前の好きなサッカーで例えてやろう。
お前は今回のことでイエローカードを提示された。
分かるな?』
「つまり、次こそは・・・」
『イエローカード2枚でレッドカードだ。
ただでさえ、お前は松尾ミサキとの花火のくだりで注意を受けている状態だからな。』
「あ!やっぱりあれもマズかったですか・・?」
『お前が考えた通り、あれは嘘の実行中だったから見ないことにしてやった。
それに、夏目チカに“サッカーが嫌い”という嘘をついていながら、サッカーを好きになった理由を堂々と話しているのも、
ゼウスのじいさんが私を止めていなかったら今頃お前は“あの世”だ。』
「・・すみません。」
『3年後に会うと言ったが、
今日の事でお前が“死神と会ったのは夢だった”と思われても困るからな。
だからこうして会いにきたというわけだ。』
「じゃあ・・」
『明日からも今まで通り、誰かに何かを聞かれたら嘘をつき、ついた嘘によってはその通りの行動をしろ。
それができなければ命を貰う。
イエローカードを提示されているのだから発言にはより慎重になることだな。』
「そうですか・・・・・」
『あと2年と5ヶ月。せいぜい頑張ることだ。』
「死神さん、お願いがあるんですけど。」
『何だ?死神にお願いするとはお前は大した人間だな。』
「3年後の3月1日23時59分にまた現れるんですよね?」
『そうだ。』
「前日の2月28日にも会ってくれませんか。」
『理由を聞こう。』
「・・・他の死神に会ったことないから分からないけど、
多分死神さんはいい死神だと思う。
俺が無事に3年後の3月2日・・18歳になって解放される時、
ちゃんと死神さんにお礼言うの忘れるかもしれないから。
前日にちゃんとお礼と、それまでの苦労話でも言いますよ。」
『フハハハハハハハハ。
やはりお前は面白い人間だな。
まさか人間に褒めてもらう日が来るとはな。
よかろう。3年後の2月28日にも会いに来てやる。」
「ありがとうございます。」
『気に入った。
サッカーの例えでお前に説明したから、明日からも本当にサッカーの審判のように振る舞ってやろう。
些細なことなら見逃す。
他の死神や閻魔のおやっさんの目には届かないようにしてやる。
だが、危険なプレーをした場合は即2枚目のイエローカード、レッドを出すからな。』
「・・・死神さんもサッカー詳しいんですね。」
『人間界の事なら全てお見通しだ。』
死神さんはあの時と同じように空高く舞い上がる。
『また会えるのを楽しみにしているぞ、河原ハヤタ。』
・・・行っちゃった。
喜んだのも束の間だったか・・・。
でも・・・諦めない。
あの・・中学の時の俺のように。
今日の日本代表のように。
俺は絶対に生き延びてやる。
再び自転車をこぎ出した。
第9話 完
第10話 恋人ができた日
死神さんと再会を果たしたあの日から、
それまで以上に張り詰めた緊張感の中1日1日を過ごす。
もう絶対に本当の事は言えない。
嘘をつき続けるしか無い。
高校の入学式から考えるとあっという間に感じていたけど、それでもまだ2年以上この生活を続けなければいけないんだ。
「これ、初めて挑戦してみたんだ!
おからで作ったんだよ!」
「へ~。体に良さそうだな。
1個ちょうだい。」
「まだダメ!
実はあんまり美味しくなかったんだ。
今回は失敗しちゃったから、また今度成功したらハヤタに食べさせてあげる。」
「じゃあ何で今これ見よがしに自慢してきたんだよ。」
今まで通り・・いやそれ以上に1人で過ごすことが多くなった学校生活。
だけどたまにこうして弁当の時間にチカが俺の所に弁当を食べに来るようになった。
「チカは期末テストどうだったの?」
「うーん。まぁ中間よりは良かったかな。
ハヤタは?」
「化学、超点数高かった。」
「文系みたいな顔してるのに理系得意なんだ。」
「文系みたいな顔ってどんな顔だよ。」
今まで教師との会話が一番気を遣っていたけど、今はチカとの会話が一番危険だ。
こいつと喋っているとつい気が緩んでしまう。
「冬休みの合宿はいつからなの?」
「22日から4日間。
クリスマス被ってるんだよ~。」
「いいじゃん。練習終わったら夜スキー場にも行くんだろ。
クリスマスっぽいし。」
「ハヤタも来てよ。
スキー客として紛れ込んじゃえば分かんないよ。」
「俺は寒い場所が苦手なんだよ。」
ーーーーーー
ここ最近、放課後の図書室では勉強もそこそこに、本を読むようにしている。
俺は過去に松尾ミサキに【本が好き】という嘘をついた。
今まではそれとなくにしていたけど、
死神さんからイエローカードを受けている今、何がきっかけでまたルールを破ることになるか分からない。
それまで全く本を読んだこと無かったからなのか、どうも活字ばかり読んでいると眠くなってしまうけど。
「河原君。」
他にも人がたくさんいる今日の図書室。
松尾さんが小声で話し掛けてきた。
「この前話してた本、持ってきたよ。」
「お!ありがとう。
読み終わったら返すね。」
学校の図書室にある本はどれも小難しくて読めたものじゃない。
だけど一応、松尾さんに
「走れメロズを書いた作者が好き」
と言った手前、「小難しくて読めない」とは言えない。
まさか“走れメロズ”の作者が、“現代文学”とやらの象徴のような、偉大な人だとは知らなかったし。
だからついこの前、
「学校の図書室にある本はどれも読んだことがある」
という嘘を新たについた所、松尾さんが俺のために自分の家にある本を持ってきてくれた。
「“兄弟の系譜”・・・か。」
松尾さんが渡してくれた本の表紙にはそう書かれていた。
一人っ子の俺でも楽しめる内容だといいけど。
家に帰ったらじっくり読もうと鞄にしまう。
「わっ!ウソ・・雨。」
図書室にいた1人が唐突に声を出した。
俺も含めてその場にいた人達は一斉に窓を見る。
さっきまで晴れていた空は一気に暗くなり、強い雨が降り出してきた。
今朝見た天気予報では雨じゃなかったのにな・・。
スマホで天気を検索すると、朝見た天気図とは一変して雨雲レーダーが広く青に染まっていた。
通り雨じゃ無さそうだ。
このまま更に強くなっていくようだし、早めに帰っておくか。
「松尾さん、本ありがとうね。
雨ひどくならないうちに帰るわ。」
「う、うん。凄い降ってきたね。」
「松尾さんカッパ持ってきてる?」
「・・持ってきてない・・」
「じゃあ俺のカッパ使いなよ。
めんどくさいから俺いつもカゴの中に入れてあるんだ。」
「だ、だめだよ!
河原君が濡れちゃうし・・・私はいいよ。」
「中学の時、もっとひどい雨の中でサッカーの試合したことあるから大丈夫。
松尾さんの自転車のカゴに入れておくね。
じゃあまた。」
「あ・・・」
こんな予報外れの雨、誰も予想してなかっただろうな。
急いで帰れば問題ない。
ーーーーーー
「あ~濡れた。」
家に帰ると風呂場に直行する。
制服を脱ぎ、そのままシャワーを浴びた。
あの時帰って正解だった。
家に着く頃には台風でも来たのかというぐらい横殴りの雨に変わっていた。
松尾さんも無事に帰れたといいけど。
宣言したとおり、カッパはあの子の自転車のカゴに置いてきた。