春の桜が散った頃。



ーワイワイ



「…」



何故か夜会に引っ張り出された私時無霞は、会場のテラスに居た。



どこが主催…といえば家だ。



時無財閥。

世界No.1の財力を誇ると言われる時無の表の顔。



普段なら私は来ずに済んだはずだが…。

現在兄2人に強制連行された後の身としては何とも。



長兄の美夜兄に右肩。次兄の結兄に左肩を持たれて…。



だが理由は特に聞かされていない。

まぁ聞いてもいないが。



今は言われた通り、気配を消してテキトーに過ごしてる。



ふと、会場内に見える2人。



艷やかなハーフアップの黒髪、切れ長な印象の深い青の瞳のイケメン。

仕事モードで夜会用に整えた身だしなみをしたスーツ姿の美夜兄。



灰に近い柔らかそうな銀髪、穏やかな薄紫の瞳の中性的な美形。

ニコニコ微笑を浮かべている和服姿の結兄。



2人はやはりというか人に囲まれていた。



……暇だ。



テラスの柵に肘を置いて凭れていた体勢から起き上がり、

室内からは死角になる位置に置いてあるソファに腰掛ける。



フカフカな柔らかいクッションを使われたソファ。



地味に疲れていた足の力を抜き、軽く伸びをした。



「っ〜」



その時。

ーバンッ





突然扉が開けられた。



さっきから風の音程度の音しかしない静かなテラス。

結構驚いた。

「…居ないじゃん」



テラスの柵に凭れ、そのままため息をついた少女。



身長は私が167として、少し低い程か。

体躯は小柄で声も然程低くない。



後ろ姿だが、背中に掛かる程の柔らかそうな長い金髪が目を引いていた。



小柄な体に、長い髪。

………席を外そう。



とりあえず嫌な予感がして席を立とうとする。



だが…。



「大体、パーティーに出席するのもま…え?」



立った瞬間。

今度は背中を柵に凭れさせようとしたのだろうその子と目が合った。



すべすべしてそうな色白の肌。



髪は艷やかな金髪ロングで、

瞳は若干見開かれているが煌めく黄金色。



美少女でもあるが、とにかく美人だ。



そう思いつつ、しまったとも思った。



数秒とはいえ見惚れていた為、さっさと退散しよう。

ついでに切もいいし帰ろう。



そう思いながら、何か一言言うかと口を開こうとした時。



「時無霞?」



…名前呼ばれた。



だが呟いただけであったのと、ウィッグとカラコンを着けてるのを思い出し、

聞こえなかったフリをして立ち去る事にする。



「…あ、ちょっと」



去り際そんな声が聞こえたものの、無視してそのまま立ち去る事が出来た。



…何だろう、嫌な予感がする。



2人に何か言おうかと思ってると、丁度結兄と目が合った。



出入り口の方を一瞬見た後、こちらに向かって頷かれた。

これは帰っていいということだ。



頷き返して、帰宅した。


家に着き、

お風呂上がりのスキンケアも終え、布団に潜りもうそろそろ寝ようとしてた頃。



枕元に置いていたスマホに美夜兄から電話が掛かってきて、

眠たい中話してたのだが。



『あー、もう寝そうだな』



「…確かに眠い」



『じゃあ最後だ。明日からは…いや明日からも男には気を付けるのを忘れるな』



「あぁ…分かってる」

もう何度目かと思う程言われて来たことだが、何故今言うのか。



『よし。言い夢見るんだぞ』



「あぁ…おやすみ美夜兄」



そのまますぐ電話を終えて、枕に顔を埋めて眠った。

ーパァーンっ

「はい起きて〜」





突然の大きな音に驚き、一気に目が覚めたのが分かった。



うつ伏せ状態の脇に手を通され、仰向けにされて引きずられてる。



部屋を、廊下を。

…何とも言えない、が眠気は微妙にまでなった。



「おはよー霞。起きてー」



そう言うと私を起こし、持ち上げて立たせたのは一日ぶりの結兄。

…強制的だ。色々。



言われた通り起きて自分の足で立ち、

歯磨きをしていると、結兄は出ていった。



多分居間の方に行ったんだろう。



磨き終え、

洗顔で洗い終え拭いて、スキンケアも程々にする。



移動して居間。



「結兄」



結兄は先に座っていた。



「おはよう」

さっきの返事だ。



「うん。ほら、座って」



トントンと自分の隣の畳の上に手を置く結兄を見ながら、

言われた通りの場所に座る。



「頂きます」



朝食はトーストで、たまごチーズトースト。



結兄は先に食べ終えているのかなんて思いつつ食べる。



ーサクッ

良い咀嚼音がした。



「ん〜」



美味しい。



顔が緩むのを感じながら味を楽しんでると、

同時に結兄が背後に来たのが分かった。



何も言わずに、私の髪を梳かし始めた結兄。

久しぶりだなぁなんて思う。



「霞」



…まぁ気になりはしていた。



家は表社会と裏社会、どちらにも精通している。



表社会は美夜兄が社長。



裏社会は結兄が現在、当主代理をしている。

同時というべきが、通常は表の社長補佐…副社長を務めている。



そんな多忙なはずの結兄が今、何故か家に居る。



気にしないようにしていたが、考えればおかしなことだ。

そして考えたなら予想は大体ついた。



多分、伝言…

「月伽咲学園、今日から行ってもらうんだけど」



…それだけ?



いや結構大事だが、思ってたより軽い気が…

「昨日、家に帰る前とか誰かに名前呼びれなかった?」



「…え」

何故知ってる?



思わず振り向いた。



結兄は振り向いた私に一瞬驚いた様だったが、

すぐにアルカイックスマイルを見せて言った。



「当たり?」



「…あぁ」



前に向き直る。



淹れていたオレンジジュースを飲み干して、

置いていたウェットティッシュで手を拭いて。



そうこうしてる間に、結兄は私の髪を梳かし終えたらしい。



髪から手を離し、撫で始めた。



「はい、終わり」

3回ほど撫でてから離れる。



「制服はそこに置いてあるから、準備してね」



「…」

そうだった。



「僕は会社の方に戻るけど、霞は月伽咲にちゃんと行ってね」



そう言い退散した結兄。



何か反論するつもりもないが、

結兄に何も言えないまま置いてあった制服を手に取った。



月伽咲は色々有名な学園だ。

附属学校がいくつか有り、その中ではエスカレーター式で飛び級も一応可能。



だが1番は制服のバリエーション。

カーディガン、ブレザー、セーター…。



用語集が居るのではと思う程種類があり、

事実制服カタログが存在していて、統一しているのは月伽咲の紋章のみ。



…と、まぁその中で選ばれたのか一式あった。



全体は黒で襟に銀のラインが引いてあるブレザーとスカート。

黒の長袖シャツ、ネクタイ、ニーソ。



着てみるとまぁ身体にピッタリで何も言えない。

強いて言って、学生服が慣れないのだが。



月伽咲の鞄は学生鞄と指定されている。

あとは出掛けるだけ…。



食器を片付けて…という作業は、

結兄がいつの間にかしてくれていて、電気を消して部屋を出た。



廊下を進んで玄関に移動。



見慣れない新品のローファーがあり、察して履く。

足にぴったりだ。



玄関を出ると、ドアにロックが掛かった。



道を進んで広い敷地を進んで、

少しすると大きな門が見え、開けて通る。



勿論閉めてから、私は月伽咲へと徒歩で向かった。


月伽咲学園。

美夜兄と結兄の母校であり、家が結構な支援をする学園。



家から近いといえば近い距離にある。



だがやはり、のんびり行くと時間が経ってしまったらしく、

玄関口に入る頃には門が閉まるのが視界の端に見えた。



…とりあえず来客用の下駄箱を使った。



そのまま理事長室に向かい、入る。



ーガチャ



「あーやっと来たー」



のんびりというか、怠そうというか、そんな伸ばし口調の杏の声がし、

事実室内には杏ともう一人、桜が居た。



杏。飾山杏。



相変わらずの肩につくかつかないか程度の髪を後ろでテキトーに括った黒髪。

焦げ茶の眠そうな目、銀縁の伊達眼鏡。少し大きめの白衣。




「ギリギリ」



宮本桜。



マッシュショートの明るめの茶髪に、切れ長の黒目。

両耳に黒いリング状のピアスをし、今日も白シャツが映えている。



二人共自他共に認めるイケメンだ…ん?



理事長の机に肘をつき、椅子に座る桜。



こちらから見てその手前の、応接が出来るよう向かい合わせのソファ。

その向こう側に座る杏。



そして…。



「…」

「…」




長く艷やかな金の髪。

黄金色の綺麗な澄んだ瞳。



全体的に華奢で色白の綺麗な肌。



思わず絶句した。

と同時に、見覚えがあるのを思い出す。



…。



「「あ」」

「…」



何か察したらしい杏と桜。

今だ呆然と…というか呆けた様子で私を見る美少年。



とりあえず教室を教えてもらおうと桜を見る。

「…あ!」







途端、声を出した美少女。



「霞」



呼ばれて、桜に視線を戻す。



「霞のクラスは1のA。で、彼は百千悠。時間ギリだから杏、連れてって」



簡単に説明だけすると桜は杏に指示を出して、

杏は杏で待ってましたと言わんばかりに立ち上がって歩き出す。



「じゃあ、2人共着いてきてー」



先に理事長室を出ると、そのまま歩き出した杏。



百千悠が慌てた様子で立ち上がったのが音で分かった。



杏を追い掛けようとした時。



「あっ、聞いてなさそうだから言うけど」



桜が話し出した。

私が聞いてない話?



「霞は百千悠の婚約者としてここに来たって事になってるんだけど」







時無。

家が出てきたのに反応して振り返ったものの。



「話は彼から聞くって事で。さ、行った行った」 



机に両肘付き、顔を掌に乗せるという体勢の桜を見て、

説明は言われた通り百千悠に聞くことにする。



あぁしているということは、やる気が無いというのを全身で表現してると同義だ。



視線を移し…。



ーパシッ

「とりあえず、行こ!」



「……はい」

抵抗せずに歩き出す。



…まさか両手包まれてそう言われるとは思わなかった。

しかも片手繋いだまま歩くとは尚の事予想していなかった。



結局杏に追いつく為会話はないままこの状態が続き、追いついたのは教室の前だった。

ザワザワ煩い教室の前。



「じゃ、俺が呼んだら入って来てー」



そう言うと教室に入った杏。



そして…。



「さっき理事長に紹介されたけど、僕は百千悠。よろしく」



「そうか。私は時無霞だ」

今更ながらの自己紹介。



「…で、時無家から話。どれくらい聞いてるんだっけ」



「何も」

そう、それだ。



伺うように聞いてきて申し訳ない気もしなく無いが。



「…え?」



本気で驚いてるようだった。

固まった顔立ちが可愛いらしい。



「だから、私は何も聞いていない」



「………///」



ん?赤くなった?

「入ってー」



ボンッと効果音があっても良いくらいに赤くなった彼を見てるいと、

ハッとして教室に入っていく。



手を繋がれたままの私は必然的に手を引かれて続く。



教室に入るや否や。



「きゃー!悠様ー!」

「悠様!悠様よ!」

「手!手を繋がれているわ!」



煩い。

「はい黙れー」



ー「…」



思った時と杏が微量の殺気付きで黙れと言ったのが同時だった為、静かになった。



教卓の前に、百千悠と並んで立つ。

相変わらず手は繋いだままだ。



「えー転入生を紹介しまーす。一応百千の護衛扱いになる、時無霞さんでーす」



ーー「……!?」



一同が驚愕した様だったが、声は口を手で抑えていた為大して出ていなかった。