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「……ッ、……はぁぁ」
登校直後なのに、どっと疲れた……。
二年生の教室がある廊下を通り過ぎ、階段を下りる。やっと人の目がなくなって出た安堵のため息は思ったより深かった。
正直桐の顔を見るのは“怖かった”けど、居候がそんなことを言い訳にお手伝いを放棄できない。……でも、“あんなこと”まで言うつもり無かった。
(怒ってるかな……)
……不意にブレザーのポケットに入れていたスマホが震えだす。それは数秒で止まった。……誰かからメールみたい。
(誰だろう……)
階段の踊り場で足を止め、スマホを取り出す。
――――――その瞬間、うしろで何かが動く気配がした。
「桐也くんに近寄るな」
「え、っ……!」
驚いて振り向こうとすると、どんと背中を押された。鈍い痛みを感じたのも一瞬、足が宙に浮かぶ。
……反転する視界の中で、誰かがあわてて走り去るうしろ姿が見えた。女子の制服、うなじでひとつに束ねた長い黒髪。そしてあたしの身体は数段転げ落ちたあと、硬い床に叩きつけられた。
「ルナ!!!!」
「……っ」
意識が朦朧とする中、誰かに抱き起こされる。それと同時に、ふわりと甘い香りが鼻をかすめた。
あたし知ってる……この柔軟剤の香り……。
「きり……ゃ……」
鳴り響く予鈴(チャイム)。不思議とそれは、どこか遠くで鳴っているような気がした。