***
「はいこれ」
ブルーのミニバッグを机に置く。桐は突然教室に現れたあたしに動揺してるのか、目を見開いたまま呆然としていた。
「……お前……何して」
低い声で短く言うと同時、眉間に皺を寄せる桐。
「ごめんね、あたし気付かなくて。……これからはできるだけ関わらないようにするから」
無表情のままそう告げたあと、あたしは逃げるように背を向けて歩き出した。
もうすぐ朝礼が始まる。他の教室はうるさいほど騒がしいのに、ここはまるで人気(ひとけ)がないかのように静かだ。それはきっと、普段“見慣れない”あたしがここにいるから。クラスメイトでもないなら尚更だろう。
あちこちから聞こえる囁き声、好奇の眼差し。……気分は最悪。じわりと汗が滲む拳をぎゅっと握りしめた。
……不意に、後方廊下側の席に座っていた女の子と目が合った。
長い黒髪をうなじでひとつに束ね、赤いフレームの眼鏡をかけている。レンズ越しに見えた瞳はあきらかに敵意に満ちていて、まっすぐあたしを映していた。
(あたし、彼女に何か恨まれるようなことした? でも知らない顔だし……)
きっと誰かと人違いしてるんだ。……そう思い込むことにして、あたしは静かな教室をあとにした。