六話「最悪から改めまして」
「玲那ちゃん……?」
聞き覚えのある女性の声にはっとしながら顔をあげる。振り向くと、開けっ放しの玄関扉の前にジョウロを持ったハナさんが立っていた。
心配そうな表情でこちらを見つめている。あたしは咄嗟に助けを求めようとして震える脚に力を入れた。
「は、ハナさッ……」
「――――――母さん」
「……………………へ、……?」
涙声で呼びかけると、また声を遮られる。反射的に彼の顔を見上げると、じっとハナさんのほうを見つめていた。
……いや、……え?? 今なんて言った。……今、なんて言った。聞き間違いでなければ、彼は何かとても重要なことを言った気がする。
「“かあさん”……??」
彼はさっき、そう言わなかっただろうか。しかも、ハナさんに対して。この場には彼とあたしとハナさんの三人しかいない。……あたしはこの男に“母さん”なんて呼ばれる筋合いはないしこんな口の悪い男産んだ覚えもない。というかあたしまだ十六歳。となると…………もう、答えは出てる。
いやでもまさか。…………うそでしょ。
「桐也? ……何してるの??」
……あたしの信じたくない気持ちとは裏腹に、ハナさんは彼を見ながらそう言った。“きりや”。それは前の日に聞いた、彼女の息子の名前。あたしが居候している東雲家の次男の名前。
……まるで固くてなかなか開けられなかった瓶の蓋がスポンッと開いたみたいだった。でも最悪なことに中身は気まずい空気と受け入れがたい現実が詰まってて、それは容赦なくあたしを苦しめる。
「………………う、……そ」