長い眠りから目を覚ますと、転落防止用に柵のついたベッドに横たわっていた。
周りは見慣れない景色であった。どうやらここは病室の中のようだ。
ベッドのそばには、「知らない女性」がいた。

「八雲さんが目を覚ました!」

目を大きく開き喜ぶ女性。

この人は、誰だ。

「よかった!八雲さん。目が覚めないのかと思った。」

とにかく目覚めを喜んでいるが、誰か解らない。思い出したいけど、本当に思い出せない。焦慮(もどか)しい。


「おお、八雲!目が覚めたのか!よかった!」

同級生の中山が入って来た。

「さくらさんを心配させて、ほんまにもう。大変やったんだぞ。まあ、よかったわ。」
と言ったあと、中山はそばにいる私が知らない女性に「さくらさんよかったですね。」と言った。
頭の整理がつかないなかで中山に「そうか……中山……」と返すしかできなかった。

ただ解ったのは、目の前の女性は「さくら」という名前であること。それだけだ。

ほどなくして、看護師が入ってきた。「お目覚めになったんですね。お名前は言えますか?ご容態はどうですか?」と聞いてきた。
正直あまりよくなくて、言葉を発するのも力が必要で「いかわ……やくもです。ええ……と、ようだい……」としか答えられないでいた。
すると「奥さんから見てどうですか?」と、さくらと呼ばれる女性に訊ねた。


奥さん?

この女性(ひと)が?

突然のことで、困惑してしまった。
整理したい情報だらけでどうしようもない。

窓からは、自分のいる3階に届きそうなほど大きくなった常緑樹が見えた。病室の中は個室の部屋だというのに、殺風景で、申し訳程度に花瓶があって、窮屈そうに茶の花が咲いていた。
病室というのはなんとも居心地が悪い。天井の黒い点かシミのようなものが、なにか別のものに見えないか、数を数えられないか、とやってみたが、つまらない。本を読むほどの体力が、まだあるわけでもない。
けれども、うかうかしていられない。自宅は、住宅兼中華料理屋なのだ。そこには、常連がいる。目覚めて間もない時にいた同級生もその一人である。

どうやら、案外、記憶は問題ないようだし、仕事に支障をきたしそうもないからすぐに復帰できそうだ。

ただ、さくらのことが気になるが……。