「亜子ー」


 授業が終わって掃除の準備をしようとしたところで、小野先生に呼び止められた。

 また賑やかになる血流を抑えて、先生のもとへ駆け寄った。

「亜子さ、放課後残ってて」

「放課後...ですか」

「うん。教室に。なんか都合悪い?」

「いえいえ!」

 都合が悪いどころか大歓迎です。

「じゃあ、よろしくー」

 先生の背中が見えなくなるまでそこに突っ立って、ボーッとしていた。

 嬉しい。

 理由がなんであれ、先生と二人で残れるなんて...。

 考えただけでも心臓が爆発しそう。

 有頂天な気分で箒を取り出すと、梓が黒板消しを持ったまま呆れた顔で私を見ていた。

「ほんとあんたって...」

「ふん。なにか文句ある?」

「簡単よね」

「簡単で結構!」

 今の私にはどんな悪口も通用しない。

 放課後の予定のおかげでメンタルが最強になっている。

 先生と二人きりになれるなら簡単も悪くない。

 しかし、次の梓の一言でその幸せは形を崩し始めることになる。

「あんた、多分補習よ」

「...補習?」

 アホのように繰り返す私は顔までアホになっているらしく、梓に思いっきり笑われた。

 それはともかくとして、補習?

 なんの補習なのか、さっぱり分からない。心当たりがない。

「もー、なんの補習なの?」

「数学の単元テスト。2章の」

 一次関数の単元テスト...。

 必死で記憶を辿る。どんな結果だったっけ。

「あっ!」

 ぴん、と私の脳裏に記憶が甦った。

 確かに私は前回の単元テストが酷くて、明らかに追試の点数だった。

 でもあれはかなり難しくて、私だけじゃないはず。

「なんで私だけ?」

「あんたこの前休んだでしょ。そんときやっちゃったの」

「あー...」

 私が休んだのはほんの数日前だ。

 その時に終わっていたとは...。

 嬉しいような逃げたいような複雑な気分。

「ま、頑張ってね」

 梓のやけに明るい声を背中に受け、私は静かに床を掃き始めた。