「待って!」



そんなことを言ったところで、待つはずがないことはわかってるけど…
っていうか、日本語が通じるわけもない。
私はとにかく必死で男を追いかけた。
赤いジャンパーと金髪はそれなりに目立つと思ったけど、ここは外国。
金髪の人もたくさんいるし、派手な服の人も多い。
しかも、背の高い人が多いから、人混みに紛れやすい。



とにかく、見失わないように必死に目で追いながら、私はひたすら走った。
あのお財布は那月さんのものなんだから、絶対になくすわけにはいかないんだから。
でも、逃げ去った男は足が速い。
私よりずっと長い足をしてるんだから、それも当然かもしれないけど…



男は、素早い身のこなしで、人混みの中をすりぬけていく。
私はとにかく見失わないようにするのに必死。



(あっ!)



「す、すみません!」



おばさんにぶつかってしまって、おばさんの抱えてた袋からオレンジがこぼれた。
私は思わず頭を下げ、転がったオレンジを拾って渡した。



(い、いない…)



顔を上げた時、さっきの男の姿がないことに気付いて愕然とする。
この先の道は三叉路になっていて、どの道に行ったのかわからない。



(どうしよう…)



完全に見失ってしまった。
これからどうすれば良いんだろう?
私は、くまの入った袋を抱きしめたまま、呆然とその場に立ち尽くした。