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誰も居ない早朝の静かな体育館。

私はボールがたくさん入ったカゴを、コロコロと片手で押しながら移動させる。

まだ、気持ちがフワフワとしていて落ち着かない。

だって…瀬良先生と両想いになれただなんて、夢みたいでーーー

しかもっ///

キ、キ、キスッしちゃったんだもんっ//////

ダメだっ、ずっと頭から離れないよっ///

思い出すだけで心臓がバクバクするし、口元は緩むしで普通に出来ない。

ボールが入ったカゴを定位置に置いて、準備がなんとか間に合ったと少しホッとしたところで、体育館のドアが開いて誰かが入って来た。

「おはよ、藤崎さん」

牧野くんは落ち着いた声とは裏腹に、私の方へ走ってきた。

「おはよう。牧野く「怪我は大丈夫?」」

私が挨拶をし終わる前に質問してきた牧野くん。

「あ、うん。ゴメンね、心配かけて」

「昨日、血がたくさん出てたみたいだけど、本当に大丈夫?」

「うん、思ったより傷が深くなくて縫わずに済んだんだ」

「そっか…良かった…」

牧野くんは心底ホッとしたように、息をふぅと吐きながら言った。

すごく心配してくれてたんだな…

ーーー牧野くんには、瀬良先生と付き合うことになったって…言わなきゃいけないよね?

「…あの、、、牧野くん」

「ん?どうしたの?」

牧野くんは、いつもの爽やかな笑顔を私に向けてくれる。

この人を傷付けたくない。

でも、ちゃんと伝えなきゃ。

私は一度、大きく深呼吸をしてから、

「私っ、瀬良先生と付き合うことになったの」

真っ直ぐに牧野くんの目を見て言った。

一瞬、目を見開いた牧野くんは、私に背中を向けて高い天井を見上げる。

「あーあ、やっぱ負けちゃったかぁ」

悔しそうに、そう叫んだ。

静かな体育館に牧野くんの声だけが響く。

「…あの、ゴメンなさい」

私が言うと、振り返った牧野くんは「おめでとう」とニッコリと笑ってくれた。

「ありがとう…///」

「でもっ!」と言って、牧野くんがぐっと顔を近づけてきたかと思うと耳元で「あの人に泣かされたら、いつでも僕のところへおいで」と優しく囁く。

「ち、近いよっ///」

「ドキドキした?」

牧野くんが小悪魔的な笑顔で言った。

「し、しませんっ///」

嘘です。

ドキドキしちゃいました。

だって、いつも不意打ちなんだもん。

「あはは…可愛いな。こんな感じに藤崎さんを変えたのって、やっぱり瀬良先生なんだろうな」

「え?」

「だって、あの人がこの学校に来るまでの藤崎さんってクールな女子だったでしょ?
藤崎さんが今みたいに話したり笑ったりするようになったのって、瀬良先生が来てからだと僕は思うんだよね」

そう、なのかな…?

確かに最近はよく笑うし、杏里や牧野くん以外の人とも少し話すようになった。

ママとも上手くいってるし。

悩み事というものが無くなった。

「そうなのかも…」

「やっぱり、悔しいな」

「え?」

「藤崎さんを好きな気持ちは誰にも負けないのに…」

とても切なそうな目で私を見つめる牧野くん。

「あ、あの///」

「…昨日、あの人に負けたと思ったんだよね。完敗だったよ」

昨日って?

「藤崎さんが怪我をした時、僕は君に拒まれて抱き上げるのを躊躇った。でも、あの人は何の躊躇いもなく君を抱き上げ連れて行ったんだ。あの時…敵わないなと思ったんだ」

牧野くんは眉を下げ「はは…」と苦笑いをしながら、私の頭にそっと手を置く。

「幸せになってね」

そう言った牧野くんの笑顔は、今までに見たこともないくらいに綺麗だった。