狂った世界にただ一人、良識と常識を兼ね備えた少女。彼女は狂っていないという、皆のほうが狂っていると、だが。


 ・・・・
 始めから世界がこうだとしたら、狂っているのはどちらだろう。





 少女を撫でる暖かな母。

 触れる肌は氷のように冷たい。

 少女を見つめる父。

 閉ざされた瞳は開かれない。

 こうして、明けない夜に少女は帰らなくなった。元々体の弱い娘だ、いつかこうなると医師にもいわれた。だが、こんなにも穏やかな彼女が目覚めないなど許されるのか。

 深い悲しみの中、母は願った。

 つらい絶望の淵、父は願った。

 ・・・
 生きてほしい、と。

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 どんな形でもいいから、三人で生きていたい、と。



 願いは、聞き届けられた。



 月は沈まず日は昇らず。短針は歩みを止め長針は走れなくなり秒針は役割を忘れ。人々は息を止め覚めない眠りの中へ。

 聞き届けられた思いは、二人を人形へと姿を替えた。


 そう、お前は悪くない。

 そう、お前は狂っていない。


 ・・・
 だから、世界で生きていける。


 押し寄せる恐怖も狂気も悪意も絶望も悲劇もなれることなく、相容れない世界だからこそ、少女は既に死んでいるなど夢想だにできない。
 死に怯えるから死を知らない。


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 くすくす。母の人形が笑う。


 ・・・・
 けたけた。父の人形が笑う。


 お前は狂っていない。


 狂っているとすれば、こんな歪曲した思いを抱いた母か。それを是とした父か。


 お前は悪くない。
 悪いとすれば。



           ・
 親を置いて死んだお前が悪い。



 さあ、愛しい我が娘。

 苦痛も死も狂気も知らないように作られた人形姫。
 この切り取られた時間の中で。
 永遠に毎日を生きましょう?