エレベーターの扉が閉まる前のあの表情。

彼は私を覚えていてくれたのだろうか。

その可能性に思いあたった時。

胸が熱くなった。



自分から逃げ出した四年前。

どうしようもなく彼に惹かれそうな自分が恐かった。

何も知らない初対面の人なのに。

そんなことがあるわけない、と。

気の迷いに決まっている、と。

私のなかの『常識』が彼を遠ざけて拒否した。



それなのに。

私の心と記憶は彼を覚えていた。




『お手伝いさん』の私があの日の私だと彼はきっとわかっていない筈。

そんな素振りは見えなかった。

やはり今のうちにお手伝いさんは辞めた方がいい。

私の中の何かが警鐘を鳴らす。

今なら引き返せる、誤魔化せる。

突き進んだら大きな流れに捕まって囚われて離れられなくなりそうで。

言葉にならない不安が私を襲う。

千歳さんに退職希望理由をどう言えばいいだろう?

変装した私には気付いていないかもしれない。

今更、正体を明かすことはできない。

公恵叔母さんの秘書でもある私は、立場が悪すぎる。

何よりも公恵叔母さんにあの日、千歳さんに出会ったことは話していない。

だからといって、公恵叔母さんにも有子おばさまにも嘘をついて任務を放棄することはもっと難しい。

ならば。


やはりバレないように誤魔化し続けるしかないのだろうか?