ここは無難に私では務まりませんでした、と有子おばさまにお断りをさせていただいたほうがいい。

まわらない頭を総動員して結論を導き出したというのに。




「……了承してもらえるまで帰さないよ?」

頭を軽く下げた態勢のまま上目遣いで、物騒なことを口にする千歳さん。

……態度と言葉が反比例している。




綺麗な闇夜色の瞳にのぞく一瞬の危うさ。

その瞳に魅入られたように身体が動かない。

口元は笑っているのに私を見つめる瞳は真剣で。

了承以外を受け付けないと暗に私を攻める。



その瞬間。

パアッと目の前の霧がはれるように。

……思い出してしまった。



吸い込まれそうになる漆黒の瞳。

耳朶を震わせる低い声。

触れられた時に感じた熱。




思い出が確信に変わる。

四年前に感じた感覚が蘇る。

甘いことも苦いことも。



記憶の糸を手繰り寄せ固まる私に、彼は言葉を紡ぐ。

「さっきみたいに酷いことはもう言わない」



気が付けば、私は無意識に頷いていた。



その瞬間。

「良かった」

フワッと笑みを浮かべて、千歳さんが身体を起こした。



その眩しさに戸惑う私の手を取って、彼は私をリビングに連れて行った。

手首を掴むのではなく、ガッチリと手を繋ぐ。

私の手が大きな彼の手に包まれる。

千歳さんの体温がじんわりと伝わって、私の体温と心拍数が跳ね上がる。



「……あのっ、響様!
手を……!」



雇用主と手を繋ぐなんてあり得ない、そう主張しようとする私の頭をポンと軽く撫でて彼は言う。


「……逃げられたら困るからね」


ゾクリとするくらいに色気が籠った低音を耳朶の傍で囁かれ、私は口をつぐんだ。