どうして私は千歳さんの『好き』に返事を返せなかったんだろう。

自分の気持ちを伝えられなかったんだろう。



四年前に感じた気持ちを。

最初はどう表現すればよいのかわからなかった。

気の迷い、憧れ、一夜の魔法、勘違い。

色々な言葉で閉じ込めようとした。



だけど。

無意識にあの日の彼の姿を探していた。

日を追う毎に。

薄れて、忘れていくと思っていた記憶は。

時間が経てば経つほどに鮮明に色づいて。

胸を締め付けた。



千歳さんが伝えてくれた迷いのない『好き』が。

泣きたくなるくらいに嬉しかった。



だけど同時に恐かった。

好き、の意味が。

四年も前に一度出会っただけなのに、その気持ちを断言できる?

間違いじゃないって言い切れる?


……思い出は美化される。

千歳さんの思い描く『四年前の私』は本当の私ではないかもしれない。



そんな不安だけが募っていた。

それでもいい、千歳さんがたとえ私を美化していたとしても、私のこの気持ちは間違いじゃないんだと潔く言い切れるだけの自信がなかった。



お手伝いさんを始めて、知った千歳さんの色々な姿。

誰もが振り返るような秀麗な顔立ち。

引き締まった細身の体躯。

綺麗な漆黒の瞳。


パッと見てわかる外見だけではなくて。

素っ気ないけれど、本当はとても優しいこと。

書斎にある本棚には経営学をはじめとして、私がおよそ手に取ったこともない大量の本が収まっていること。

他社商品のパンフレットや女性誌も多数。

それらをきちんと整理していること。

黒い服が好きなこと。

冷蔵庫にはコーラを欠かさないこと。

あまりお酒が強くないこと。


外見からはわからない、千歳さんの日常と努力を。

たくさん知った。

響株式会社を将来担うだけの人格も実力もある、本当に魅力的で素敵な大人の男性だ。


だけど私は?


秘書としても未熟だし、何かに秀でてるわけでもない。

優柔不断だし、千歳さんに未だに本当のことすら告げられない意気地無し。

そんな私を彼は本気で好きだと思ってくれるの……?