「どうしたのって…俺の顔見て、逃げてくから俺、なんかしたのかなって…」

「何にもしてないよ」



直接は何もされていない。

私の言葉に一応、間違いはない。



「ごめん、さっきは。一瞬、誰かわからなかった」

「うん…」

「すごい、いいと思った。綺麗だったよ」



何かの聞き間違いだと思い、顔を勢いよく上げる。



「もう落としちゃったのか。なんかもったいねぇよ」



彼の言葉が次々と聞こえてくる。

何だか胸の辺りが疼いて、再び涙が抑え切れなくなった。

すると、森越くんはまた慌てている。



「あ、いや、もちろん化粧なんてしなくても、元々かっ、かわいいっすけど、もっと可愛くなっちゃったなぁ、ていうやつで…」



少し沈黙が訪れた。

森越くんは目線を私に向けずに、そっぽを向いたままでこう言った。



「一ノ瀬さん、俺、困るわ」



その時、私も困っていた。

私と私の周りの温度が暑くて、仕様がない。

こうして、私にとって長い戦いが思いもよらぬ形で終りを迎えたのだった。

化粧は場合によっては、敵ではないらしい。






natural magic-ナチュラル・マジック-
おわり。