実は__磯野は、モテる。
どこにでもいる、野球部の丸刈り少年なのだが、足は速いしそれなりに人望があって、テレビとは違ってそこそこ勉強だってできる。
磯野目当てに、練習を眺めている女子だって居た。
それが今や__。
「お疲れ様、磯野くん」
「待っててくれたんだ」
また見たことがない類いの、磯野の笑顔。
これだけ長い付き合いの夫婦なのに。たかが昨日今日で、こいつと知り合っただけなのに。
「じゃあな、中島」
「中島くん、またね」
2人は律儀に僕に声を掛けていく。
僕に断りを入れていくんだ。
いつもは僕と帰っていた磯野。
いつもは僕と帰っていた磯野を、横取りした花沢さん。
花沢さんは悪くない。
そんなことは分かっている。
でも僕は__聞こえない振りをしてよそ事をしていた。
僅かばかりの抵抗と、とてつもなく大きな罪悪感。
そんなことにも気づかず、2人の笑い声が聞こえてくる。
抵抗と罪悪感の狭間で生まれる__怒り。
そう、やっぱり僕は怒っていた。
解せなかったんだ。
僕の磯野を奪っていった、花沢さん。
いとも簡単に奪われていった、磯野。
怒りの種類だって、もう分かっている。