先生のコートの肘に手を伸ばした時の、心の中に渦巻いた小さな澱。

その正体に私は気付いてた。



「手を繋ぎたい。」なんて言ったら先生を困らせてしまう。

こんな夢のような場所にふたりでいられるのに、そんな現実を突きつけられたくなかった。



それも『先生と付き合う』という性質上やむを得ないことなのだけど、好きだから、こんなにも好きだから、それはやっぱり私にとって我慢であることは間違いなかった。



私は一呼吸置いてから下に広がる庭園に眼を遣り、応える。



「辛くなんか…ないよ?」



「南条…」



不意に先生の指が私の頬に触れ、それから顎を掴むようにして顔を先生の方へと向けられる。



「!!」

「俺の眼を見て。」

「……」

「それでも辛くないって言える?」

「……」



言えないよ。



仕方ないって分かってる。

春になれば堂々と一緒にいられるって分かってる。

今はこうしていられるだけで充分幸せで贅沢なんだって、分かってる。



でも…

言えないよ。



そんな綺麗な眼を見てなんて、言えないよ。



「…ごめんな。」



先生の指が私から離れる。



「こんな関係じゃなかったら南条を不安にさせることなかったのにな。」

「うぅん。先生のせいじゃないよ。

それでも良いから先生が良いって、私が望んだことだもん。」

「南条…」



視界が潤みかけて、慌てて瞳に力を入れた。

先生が私の頭をくしゃりと撫でる。



「ありがとう、南条。」