「高速から海が見えるよ。」



しばらく車を走らせて高速の入口に着くと先生が言った。

長いトンネル幾つかと街を抜け、やがて海が見え始めた。

港には大きなタンカーがいくつも停泊し、天空の城のような工場が海面から迫り上がるように聳え立つ。そんな海。

それらが雲の隙間から洩れる冬の鈍いオレンジ色の夕陽を反射して、今日の終わりが近付いていることを仄めかす。



「ここの雰囲気好き。」



私が呟くと先生はちらりと窓の外に眼を遣る。



「あぁ、いいね。」



それだけ言って先生はまた前を向いてただ車を走らす。

私は窓の外を眺める。



港が見えなくなる頃先生が言った。



「南条と一緒にいると南条の好きなものいっぱい知れるからいいな。」



(あ…)



先生は私の好きなもの、もっと知りたいと思ってくれてるのか…

なんだかそんな一言に胸がきゅんとあったかくなる。



「でも一番好きなのは…」



先生だよ─



言いかけてやめる。



「…秘密。」



「なんで?」



先生が私に視線を投げる。



「秘密だもん。」

「気になるな。」

先生はふっと笑う。



私が卒業してちゃんと大学に受かったら教えてあげる。

うぅん、聞いてもらう。



『先生が好き』って─



窓ガラスにこつんと頭を付ける。

頭上に広がる雲を嫌うように、西の空だけが徐々に茜に染まる。その端にはくっきりと遠くの山々のシルエット。

何気ない風景まで全部全部、今日は綺麗に見える。



そしてこの『好き』と言えない胸の小さな疼きも。



全部全部、今日のこと、ひとかけらも忘れないでおこう、と私は思った。