「待ち伏せされたり、呼び出されたり、
休みの日に誘われたり…、迷惑だったんだ」
黙ったままじっと玲音を見つめた。
「ああでも言わないと、
やめてくれないと思ったから」
「あの先輩たちが駅のドラックストアでやってることって?」
「サッカー部の先輩たちが噂してたことを適当に言ってみただけだよ。
詳しいことは俺も知らない」
そう言って両肩をすくめて
いたずらな顔をした玲音が、
目じりを下げて頬を緩ませた。
「怖かったね、りりちゃん!
りりちゃんの顔見たらホッとした 」
そう言ってぎゅっとしがみついてきた玲音に
肩の力が抜けた。
よかった、いつもの玲音だ…
玲音の背中をポンポンと叩いて、
ふーッと長い息を吐いた。
「怖かったね…
本当にびっくりした…
でも…先輩たちにあんなこと言っちゃって、
大丈夫かな?」
今更ながら不安になってきた。
「大丈夫だよ」
玲音がそう言ったところで、
ちはるちゃんが私のカバンを持って戻ってきた。
「保険医の先生、もう帰っちゃったみたい。
これ、りり花のカバン。教室からもってきたよ」
「ありがとう、ちはるちゃん。
湿布も張ったしもう大丈夫っ。
大騒ぎしちゃってごめんね」
ふたりに手を合わせて謝ると、
ちはるちゃんがぶんぶんと
首を横に振った。
「私が掃除当番代わってもらったから。
さすがに責任感じるよ」
「ちがうよ、私がカッとなっちゃったから…
ちはるちゃんも、玲音も部活中だったのに、
巻き込んじゃって、ホントごめんなさい」
すると、玲音に頭を撫でられた。
「りり花のせいじゃないよ。
ごめんな、全部、俺のせいだよ」
心配そうに見つめる玲音とちはるちゃん。
なんだか、みんな謝ってばかりで……
思わずプッと吹き出した。
「悪いのは、先輩たちだ! 」
そう言うと、玲音もちはるちゃんも
「たしかにっ!」
と、3人で目を合わせて笑いあった。
「あのさ、りり花。今日は、私の自転車で帰りなよ。
私、バスで帰るから」
「えっ⁈ いいよ、いいよ! 」
「だつて、私が掃除当番代わってもらわなければりり花がケガすることもなかったんでしょう?」
「ちはるちゃんのせいじゃないよ⁈ 」
「如月、2人乗りくらいできるよね?
今日は無理しないで如月に送ってもらいなよ。
如月、任せたよ?」
ちはるちゃんの言葉に玲音が頷く。
結局ちはるちゃんに押し切られるようにして
玲音に自転車で送ってもらうことになった。
「りりちゃん、その荷物かして」
「大丈夫だよっ!これ、結構重いんだ」
「あのね、りり花。俺、一応男だからね?」
ムッとした玲音が、サッと私のカバンを手に取った。
「そんなのわかってるよ?」
「全然わかってないよ。
りり花はなにもわかってない」
玲音の人指し指に、おでこを弾かれた。
……痛い。
「ここで待ってて。
佐々木から自転車借りてくるから」
そう言って自転車置き場に走った玲音は
すぐに、
ちはるちゃんの自転車を引いて戻ってきた。
「おいで、りり花」
ちはるちゃんの自転車を引きながら、
玲音が手招きする。
「はい、後ろに乗って」
玲音がサドルにまたがりながら、
後ろの荷台をポンポンとたたく。
「え? 玲音のうしろに乗って帰るの?
……なんか、イヤ」
すると、玲音が呆れたように長いため息をついた。
「…じゃ、どうやってその足で帰るの?
1人で大丈夫とか言ったら本気で怒るから」
もう怒ってるし…
「………」
「 ほら、しっかりつかまって」
荷台にすわり、玲音の腰に腕をまわす。
「なんだか玲音の後ろに乗るなんて変な感じ」
「…なんだよ、それ」
「補助なし自転車、なかなか乗れなかったのにね? 」
「りり花、そうやって保育園時代の話をするのやめろよ。
いつの話だよ…それ…」
「だって…」
「いいから、しっかりつかまって」
そう言って玲音がペダルを踏み出すと
体がふわっと後ろへ押し出された。
慌てて玲音の背中にぎゅっとつかまって、
玲音の背中にもたれかかった。
……あれ?
玲音の背中って、こんなに大きかったっけ?
そう思いつつ、
いつもの玲音の香りにホッとして、
あくびがこぼれた。
【side 玲音 】
りり花が痛めた足をかばいながら荷台に乗り、
俺の腰に両腕をぐるりとまわしたのを確認して
ペダルを踏み出した。
コスモスの咲く花壇の横を
自転車で走り抜ける。
自転車を走らせると、すぐに、りり花が俺の背中にピッタリと頭をくっつけた。
「あー、なんか疲れたね…」
そう言って、俺の背中にもたれたりり花の重みに
胸がドキドキして苦しくなる。
俺はこんなにドキドキしてるのに、
りり花は俺に全くドキドキしないのかな。
りり花は俺といても何も感じないのかな…
疲れているのかりり花は
俺の背中にもたれながら黙ったまま。
しばらく進むと、
腰に回されたりり花の手の力が緩んできたので
一旦止まって、ハンドルから片手をはなしてりり花の両手を押さえた。
「りり花、しっかりつかまって」
それでも、りり花の両手はずるずると力を失っていく。
「りり花、つかまってないとあぶない」
けれど、返事はないまま。
おかしいな…
振り返ると、
りり花は俺の背中に寄りかかって、
クークーと眠っていた。
って!!!
「りり花、起きて!あぶないってば!
どんだけ図太いんだよ?!
ホッとするにもほどがあるだろっ! 」
ぐーぐー寝こけているりり花を必死でゆり起こすけれど、
一度眠ってしまうと、りり花はなかなか起きない。
つうか、自転車乗ってるんだけど…
こんなに爆睡するか?
自転車こぎながら、りり花を支えるのにも限界がある。
はぁ…仕方ない…
背中にもたれるりり花に
かろうじて届くくらいの少し高めの甘い声で呟いた。
「りりちゃん、どこ?」
保育園時代の俺の口癖。
すると、寝こけていたりり花が飛び起きた。
「玲音⁈ 大丈夫⁈ どうしたの?!
………ん??
あれ?!外?!え?自転車? なんで⁈」
自転車の荷台のうえで飛び起きて、
キョロキョロとしているたりり花のおでこをコツンと軽く叩いた。
「こんなところで寝たらあぶないだろ!
家に着くまでしっかりつかまってろって!」
「う、うん」
まだ寝ぼけているのか、目をゴシゴシこすっているりり花に呆れつつ、
また自転車をこぎ始めた。
まだ眠たいのか、りり花は背中にぺったりと寄り掛かっている。
「玲音…」
「ん?」
「ありがとう」
安心して俺に体を委ねているりり花の体温と
優しい声が背中に伝わってくる。
りり花、
俺はりり花の近くにいられるのなら、
なにも望まないよ。
【side りり花】
「吉川、先週末、星薇女学園の文化祭にいただろ?」
帰りのホームルームが終わると、
学級委員の瀧澤くんが日誌を片手に私の席までやってきた。
「どうして知ってるの?」
先週の土曜日、ずっと憧れていた星薇女学園の文化祭に行った。
星薇女学園は校舎も綺麗だし、
制服も可愛いくて、ずっと憧れていた。
「うちの姉ちゃん、星薇だから俺もあそこにいたんだよ」
「そうなのっ⁈ いいなあ、あのセーラー服、可愛いよね!」
思わず身を乗り出すと、
瀧澤くんが笑いながら前の席に座った。
「まぁ、俺が通ってるわけじゃないけど。
知りたいことがあったら、姉ちゃんに聞いておくよ?」
「本当?!でも、成績が全然足りないからなぁ…」
情けなくて、思わず苦笑い。
「私、数学、苦手でね。
正直、今日の授業も応用問題はお手上げだったし。
星薇女学園は数学が難しいんだよね」
すると、学級日誌を書いている瀧澤くんがその手を止めて、顔をあげた。
「数学で分からないところがあったら教えてやろうか?国語は勘弁だけど」
余裕の表情を浮かべる学級委員の瀧澤くんは面倒見がよくて、
みんなのお兄ちゃん的な存在だ。
「教科書とワーク、持ってる?」
そう言って瀧澤くんが私のカバンを指差した。
「持ってるっ! でも、本当にいいの? 」
「どのあたりが苦手?」
机を向かい合せに並べて、
瀧澤くんに数学を教えてもらっているうちに
あっという間に下校のチャイムが鳴った。
瀧澤くんの教え方は、すごく丁寧で
先生より、ずっとわかりやすかった。
さすが瀧澤くんっ!
チャイムが鳴り終わると、
教科書をカバンにしまい、
瀧澤くんに謝った。
「ごめんね、下校時間になっちゃったね。
瀧澤くん、部活は大丈夫だった?」
気が付けば、夕陽が差し込み
教室がうっすらとオレンジ色に染まっている。
「俺は部活入ってないから大丈夫。
それに、俺、将来教師になりたいんだよ。
だからさ、今日は俺のほうこそ貴重な機会をありがとうございました!」
そう言って瀧澤くんはおどけて頭を下げた。
優しくて面倒見が良い瀧澤君が
女子に人気があるのがよくわかる。
「こちらこそ、瀧澤先生にご教授いただけて光栄です」
瀧澤くんに向かってぺこりと丁寧にお辞儀を返すと、
瀧澤くんが吹き出した。
「ご教授ってなんだよそれ」
「使わない?」
「使わないよ」
「そっか」
空手の道場ではよく使うんだけどな…
静かな校舎を瀧澤くんと一緒に昇降口まで歩き、
下駄箱が見えたところで
瀧澤君が足をとめた。
「もし、本気で星薇女学園を考えてるなら、
協力するよ。姉貴にもいろいろ聞けるし。
また、わかんないところがあったら教えるから声かけて」
「はい、お願いします、瀧澤先生!」
「おお!いい響き!」
瀧澤くんと笑いあっていると、
ジャージ姿の玲音がやって来た。
「りりちゃん、なにしてるの?」
「瀧澤くんに数学教えてもらってたの」
「数学?」
「うん!瀧澤くんの教え方、すごくわかりやすいんだよ!」
「へぇ…」
「玲音は部活終わったの?」
「まだ終わらない」
玲音はちらりと瀧澤くんを見ると、
にこりともせずにグラウンドに戻っていった。
「玲音、どうしたんだろう?」
なんだか、ご機嫌ななめ…?
「隣のクラスの如月だっけ?」
「うん」
「吉川と如月、仲いいよな。
幼なじみなんだろ?
あいつ、女子にすごい人気あるんだろ?」
「瀧澤くんも人気あるよ」
「え、ええっ?!ないない!」
動揺している瀧澤くんが面白い。
「瀧澤くんも人気あるんだよ」
「そ、そっか。照れるな」
そう言って瀧澤くんは真っ赤になってしまった。
「あ、あのさ、吉川って、彼氏とかいる?」
「ううん、いないよ。いるように見える?」
「ううん、見えない」
「あ、それはひどい」
「ははっ。たしかに! それじゃ、また明日な。」
「うん、また明日!」
笑い合いながら滝澤君と昇降口で別れた。