手を重ねたまま、ふたりで杉の肌に触れた。ほのかに温かく、確かに生命の存在を感じた。植物なのに不思議だけれど、生きている感覚がしたのだ。当たり前のことがすんなりと心にしみてくる。
この木はきっと多くの人の願いを受け止めてきたのだろうな。物も言わず、ここに立って、気の遠くなる時間を。

「縁結びの木もあるらしいよ。もうちょっと、奥だって。行ってみる?」
「いいや、くたびれちゃったし。休みたいな」

縁結びなんて今のところ必要ない。私はいつかまた恋をすることができるようになるのだろうか。
一生分の恋を経験したら、私に次の恋は訪れないかもしれない。できるならそうありたい。もう誰も迅以上に好きになりたくない。


土産屋兼茶屋といったお店で、パンみたいな味噌団子と田楽で遅めの昼食にした。帰りはバスにすると決めていたのでちょっと安心だ。ぐるりと歩き、駐車場から駅に向かうバスに乗った。

迅と一緒でなければ来ることもなかっただろう神社。綺麗な景色と空気を味わえたことはよかったと思う。
そして、参道を登り切った達成感は私の中にしっかり残っている。
思い出、ちゃんとできたじゃない。満足していると、バスの座席の揺れと疲労から、私はすぐに眠ってしまった。

夢の中でも私は山に登っていた。山頂は遠く、足は痛かったけれど、なぜか私はずっと笑っていた。

「マナカ、着いたぞ」

迅に呼ばれて目覚めれば、そこは朝出発した駅だ。子どもみたいに熟睡してしまったのが恥ずかしく、私はわざとらしくしゃきしゃきとバスを降りた。

「腹減ってるか?買い物は?」
「家にあるもので平気。どうしたの?」

バスを降りたところで迅がさっと手を見せてくれた。迅の左手はすでに透けていた。現在の時刻は16時。日没まではまだ二時間以上ある。

「透けてきちゃった。人の目に着く前に帰りたいからさ」
「うん、急いで帰ろう」

私は内心の動揺を押し隠して言った。

「今日、曇りだからかもね。日照時間に関係あるなんて、迅ってば植物みたい」

ごまかしたように聞こえなければいい。
迅はそうだなぁとへらへら笑ってポケットに透けた左手をしまった。