「勘太郎におもちゃをやりたいなら、好きにしな。あいつが喜ぶかは別だし、無駄になるかもしれないけどね」
「無駄になんてならないですよ」
「勘太郎が明日おっ死んでもかい?」

ぞくりと背筋が寒くなった。勘太郎が死ぬ。それは、頭のどこかにあっても言語化しないでいた部分だっからだ。

「そんなに簡単に……勘太郎は死なないです」

必死に言うけれど、トシさんは冷静な表情で首を振る。

「人だって犬だってあっという間に死ぬよ。うちのじいさんは脳梗塞でさっさと死んじまった。勘太郎だって、今はメシが食えてるがね。食えなくなったら速いよ」

犬もご主人も、自分の家族の死をあっさりと語るトシさんに言いしれぬ不快感を覚えた。そんな言い方ってない。自分の家族をそんなふうに言うものじゃない。

「なんでもトシさんの思う通りにはならないと思います」
「おや、あんた、怒ってるね」

トシさんがいつもの意地悪心を出してきて、私に言う。

「18歳のあんたが見てきた死と、私の死じゃ数が違う。感覚の差さ。平等で逃れられない終わり。誰だって、最後は死ぬ。死んだら生きてきた時分の何もかもがおしまいさ」
「私だって、大事な人を見送りました。死は、そんな軽々しく口にできるものじゃない」

言葉を切って、ぎりっと唇を噛みしめている自分に気づいた。
死は、……そんなに呆気ないものじゃない。心に大きな余波を残す。

「死ぬということは、すべてを台無しにはしない」

珍しく感情的に反論する私をトシさんは面白そうに見ていた。それから、ふうと息をついた。

「なあ、マナカ。あんたが見送ったのは、あの迅ってあんちゃんかい?」

その言葉はぽんと投げ出されたもので、私は瞬時に凍り付いた。
今、トシさんはなんて言った?

「トシさん、あの……」

言葉を探す私に、トシさんは静かに問いかける。