だけど、僕はその犯人のせいで精神的に追い詰められて辞職した。
トラウマで心に傷が残ってるが、僕はそれでも同じ人を出したくないと思って、弱々しい手を差し伸べた。
そしたら彼らが俺の助けを求めてきた。だったら....僕が行動しない理由はないだろ?」
野宮さんは矢沢さんの目線から逸らし、断崖絶壁とも言えるコンクリートの壁を見つめた。
「じゃあやっぱり...この先は例の....」
「あぁ。分かってくれるか?彼らの事が信じられないなら一緒に付いていってやってくれ。
僕もいきたいのはやまやまなんだが、どうも一歩踏み出せなくてね。犯人の手掛かりと彼らの無実を証明できる。君にとってはメリットしかないと思うが?」
野宮さんはコンクリートの壁を見つめながら考えていた。すると、今まで隣で黙っているだけの坂目さんが野宮の横に立った。
「行きましょう野宮さん。今回の件、彼らが疑われているのはただ被害者と接触があっただけで、まるで証拠があがっているわけじゃないですか。
なら、ここで白黒はっきり出来るなら....自分は付いていく選択を選びます。
もしもの時はそれ相応の対応すればいいですし...どうですか?」
坂目さんが野宮さんを説得すると、野宮さんは顎を触りながらフッと笑った。
「いつも俺の後ろしか付いてこない役ただずも、言う時は言えるじゃないか。
....分かった。同行しよう。だが、勝手な行動や場から急に離れたりしたら即お縄か、場合によってはこれだぞ?」
野宮さんは俺達に黒い銃を照らした。
だが、そんな事をしようとも思ってない俺たちにとっては、まるで関係ない脅しだった。
俺達はあっさりと承諾し、野宮さんと坂目さん含めた八人は村へと通じる通路の手前に集まった。
ついこの前まで敵目線でいた野宮さんが、同意の元隣にいるのはとても心強く感じた。
奇妙な感情が心に沸き起こりながら、一番最初に通路に足をかけた。
通路は這ってでしか行けない造りになっていて、ちょっとばかし顔を顰めるが、諦めて素直に這って前へ前へと進んでいった。
目の前は真っ暗で、あるのは手が地面に擦れるのと後ろで次の人が進んでくる音だけだった。
だが視界がないからか、この先に何があるのかも分からなく、不安でしかなかったが、頭に何が当たった。
当たったものがなんなのか、手当たりで調べると、土の壁があるのが分かった。つまり、この上にはさっきと同じく板があることが予想された。
俺は上の方に手をやって、這っていて力が出ない中、精一杯力を入れた。
すると、押している手がどんどん上に上がっていくのが分かり、勢いよく上がったと思ったら、光が通路と俺の目に差し込んできた。
俺は目を薄めにしながらも、手の力でその通路から抜け出して、外へ出た。
目が段々慣れてゆき、目の前の景色がハッキリとしてきた。
そこは矢沢さんが言った通り町だった。建造物にはコンクリートの壁同様に植物が生え、壁が変色して、かなり傷んでいるのが遠くからでもわかった。
六年前、いや印象的には江戸時代に来たようにも思えてしまう古い建物ばかりだった。
人どころか動物も見えなく、本当に廃村というイメージが強いと感じる。
そのやけに静かで異様な村を見て、俺はブルっと身体を震わした。
通路を通り終わると、全員がこの村を目にし、その存在感に圧倒されていた。
木々に囲まれ、人っ子一人もいないこの村は、不安や不気味さなども入れ混ぜたような雰囲気を出していた。
「ここが...."泉岡村"か。情報によれば元より外との交流がなく、家は全壊しない限りは自分達で治して家を守っていたと言うが...
噂には聞いていたが、こんな感じなのか。まるで浦島太郎にでもなった気分だよ。」
野宮さんはそんな事を呟いた。確かにここの村は現代社会ではまず見ることが少ない、古びた建造物ばかりだった。家や井戸、朝礼台なんかもサビや植物で今にも壊れそうな感じがした。
「な、何か今にもお化けとかが出てきそうなんだけど....」
吉永がそんな事を呟くと、加奈は俺の足音にも敏感に反応するようになり、首が飛んでいきそうな程周りを見ていた。
「加奈...いくらなんでもそこまですることなくない?」
「す、すいません....私、こういうの苦手で....本とか文字なら好きなんですけど、映像とか実際に見るのはどうも....」
「なにそれ、それじゃあなんでこんな事に加奈は参加してるの?」
吉永はニヤニヤしながらそんな事を聞いた。
加奈はモジモジしながらわかりやすい程困っていた。
「そ、それは....」
「あぁ、答えなくていいよ。もう知ってるし〜」
「え!?ちょ、ほ、ほほほほ本当ですか!?え!?嘘....」
加奈は恥ずかしいのか分からないが、凄い慌てて吉永に迫った。
吉永は加奈をひらりとかわして、笑みを浮かべた。
「大丈夫だって。別に喋ることじゃないし。」
加奈が参加している理由は分からないが、吉永に煽られた反応で俺達も自然と笑いがこぼれた。
だが、加奈を何故か毛嫌いしている青山はため息を吐きながら吉永に尋ねた。
「おい吉永。これからすることの重大さ分かってんのか?もっと緊張感持てよな。」
青山の言葉で場はしらけてしまったが、吉永はいつもみたいにムキにはならず、笑顔のまま答えた。
「だってこの村来てから皆顔が険しすぎるんだもん。そんなんじゃあやれることも出来ないんじゃないの?
ほら、学校の先生も「適度な緊張感が丁度いい」って言うじゃん。」
「そうだな確かにその通りだ。ありがとう。吉永さん...だったよね?」
野宮さんがお礼を言うと吉永は顔を赤くして、照れながら何故かお辞儀をした。
青山は何か言いたげだったが、納得したのかそのまま黙っていた。
「だけどよ、屋敷ってどこなんだ?そもそもこんな所にあんのかな?」
「永島、お前アホか?屋敷だぞ?他の家より大きいんだ。」
「あ!?そんなことも俺も知ってる!バカにすん....あっ」
長富は思わず声を漏らした。そう、この場で長富以外は全員が気付いていたことがある。
村に一際目立つ建物が、民家の上にひょっこり顔を出していた。永島は民家の方だけに目がいっていて、気付いていなかったのだろう。
「よし。じゃああそこまで歩いていこう。村自体あんまし大きくなさそうだから、そこまで距離はないだろう。」
俺達は民家の間を通りながら屋敷であろう建物目指して歩いた。
民家の近くを通るだけで嫌な空気が流れていて、今にでも何かが襲い掛かってきそうな感じがして、無意識に身体を固めてしまう。
折角良い感じに解れた緊張感が一気に張り詰め、流石の吉永も周りを警戒するのに精一杯だった。
だが、その民家を抜けるのにあまり時間はかからず、抜け切ると右斜め先に大きな建物が見えた。
黒い屋敷、窓は古びた板で固定されていて、門も錆のせいで真っ茶色な上、半開き状態だった。
屋敷自体も所々穴が空いているし、痛んでいるのがすぐに分かる。
屋敷からは村の民家とはまた違う雰囲気を漂わせていた。気持ち悪く、だが身体が吸い込まれるなんとも言えない感じになってしまう。その異様な魔力のような感じに完全に圧倒され、足取りが遅くなっていく。
俺達は重い足を進め、ようやく屋敷の正面まで来た。
正面から見ると思った以上に大きく、もの凄い存在感を感じられた。まるで家に意識があり、中に入ってくるよう甘い言葉を囁きながら手招きされているような感じがする。
ここにきて、俺は一瞬だけ自分の意志を歪めてしまった。"この屋敷には入りたくない"っと強く思って、後ろへ一歩下がった。
だが、ここへ辿り着くまでにどんなに思考や時間を費やしたのかを思い出し、歯を食いしばる。
「....この屋敷...変だな。」
野宮さんがボソッと呟いた。
その言葉に青山が突っかかった。
「そんなの皆感じてますよ。この屋敷は普通じゃない、こんなドス黒い....初めて感じる。」
「あぁ、それもあるんだが...この屋敷と村の民家、時代が明らかに合っていない。この村は歴史ある伝統のようなものを感じるが、この屋敷は明らかに洋風。しかも、傷んでいなければ結構今の社会のいい方の建造物にあたる。」
確かに野宮さんの言う通り、屋敷の雰囲気が強すぎて気付かなかったがとても引っかかる点だ。だが....
「野宮さん、だとしても俺達がやる事は一つです。必ず....手掛かりを探し出すだけです。この屋敷の感じだと、警備しているわけでは無さそうだし、思う存分探せます....」
野宮さんはフッと鼻で笑うと、いつも俺に見せていたあの強い目付きではなく、優しい視線を向けてきた。
「あぁ、そうだな。全く...最近の子はどうも度胸がある....」
野宮さんは噛み締めるようにそう言った。
だが、横にいた坂目さんはガタガタと身体を震わしていた。
「なのに....なんで大人のお前がそんなにビビってんだ?恥ずかしくねぇのか!みっともねぇ!」
「いや....野宮さん。それは無理ですって。俺....こういうの本っ当に無理なんすよ。」
いつも大体無口で、エリートという印象があった坂目さんの意外な一面を見てしまった。
すると、そこで敦が俺達の前に立つと、古びた門を蹴り飛ばした。
ガシャンっと耳が痛くなる音が響き、身体が音と同時に跳ねてしまった。
「じゃあ早く行こうぜ〜。こんな所でいつまでも立ち止まっているわけには行かねぇだろ?そんなここまで来るのにノロノロしてるようじゃあ、屋敷内じゃあなんだ?亀より遅い捜索になるぜ?」
敦は俺が知っているいつもの態度で言った。いつもの敦に戻ってくれた、それが本来嬉しい筈なのだが、今は"いつもの"がおかしく、違和感しか感じなかった。
俺が感じ取った違和感を代弁してくれるかのように、吉永が口に手を抑えながら言った。
「本澤あんた....苦しくないの?」
「は?苦しい?んなわけないだろ?お前車酔いだかなんだか知らないけど、気持ち悪いんなら帰った方がいいんじゃねぇの?」
「え?....わ、私だけ?違うよね?この屋敷のオーラっていうのか雰囲気に潰されそうになってるのなんて?」
吉永は周りに共感を求めると、全員が顔を縦に振った。
まぁ、吉永程ではないが圧倒はされていた。
「は?マジかよお前ら。こんなボロ屋敷に何を感じるんだ?俺はそうだな....いや、分かんねぇや。」
敦は頭の後ろをボリボリと掻きながら、ズンズンと屋敷のドア目掛けて歩いた。
敦だけが感じないその違い、俺達は疑問と不安が過ぎった。だが、
「皆。とにかく敦の言う通り前に進もう。いつまでも足踏みしている訳にはいかない。」
俺を先頭に皆が後から恐る恐る屋敷の大きいドアへ向かった。
俺達が来たことを見た敦は右足で、ドアを思いっきり蹴った。
ドアは凄い勢いで開いた。その音と敦の行動で、俺達は足を止めてしまった。
ドアから見える屋敷の中をそおっと見ると、ホコリが充満しているのが見えた。
敦はそのホコリが充満している中を、手で振り払いながら進んでいった。
恐る恐る俺達もその中へ入っていく。
屋敷の構造は広々とした空間が多いのかと思っていたが、思った以上に詰め込んでいるイメージがあった。