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あれから二日が経ち、俺は全校集会で体育館で座っていた。心と共同しているのか、体育館は学園祭の一日目以上に冷えきっていて、ブルブルと身体を震わしている人も少なくはない。
千恵とは最近メールでやり取りなんかをしている。まだ警察や家族には言えていないことだったり、調べてもあの女の人の情報は見つかっていないことなどが分かっている。メール越しでの千恵は普通だったが、もしかしたら震える手でスマホを操作しているかもしれないので、それが気になっていた。
教室で会った時はいつも通りに見せようとしていたが、やはりどこか怯えている。
敦は相変わらずで、メールを送っても返信をよこす、メールを確認している様子は全くと言っていいほどない。学校にも来ていない。
校長先生の長々とした話は終わり、俺たちは司会の先生の指示で里沙に向けて黙祷を捧げた。黙祷中は静けさに包まれるかと思いきや、すすり泣く音がなりやむことはなかった。
「やめ。それじゃあ、ここで皆に新しい先生を紹介したいと思います。壇上へどうぞ。」
先生の言う通りに一人のスーツ姿の男性が壇上へ上がると、生徒はざわつきはじめる。里沙が死んでからすぐに来るなんてタイミング的には出来すぎているので、当然の反応だった。
壇上へ上がった男性は見た感じ三十前半のように感じた。ガッチリとした身体をしていて、スーツも筋肉でパッツパツに見える。だが、どこか清潔感に溢れている。
第一印象としては筋トレが好きなビジネスマンと言った感じだ。
「どうもこんにちは。この度皆さんのカウンセラーとしてこの学校へ来た、千田 和一といいます。数日前に不幸な事が起きてしまった事は知っています。私は皆さんの苦しみを少しでも解けるように頑張りますので、みなさんも遠慮なく相談に来てください。いつでも相手しますので。」
印象通りの接客業のような話し方で一言言い終わると、微笑してみせた。
たが、目は俺たち一人一人の中からある特定の人物を見つけようとしているのか、キョロキョロと監視しているかのように見てきた。
俺は不気味に感じた。
第一印象があまり良く感じなかった先生の紹介を終えると、俺達は教室へ戻され普通に授業をした。
だが、今まで授業を受けていた馴染みある教室ではなく、また別室の教室だ。俺達の教室にはもれなく黄色いテープで立ち入りを禁止されていて、遊び半分で入らせないかのように花が多く置かれていた。
別室の教室は前の教室とは変わりなく、席も変動しなかった。
里沙の机の上には白い花が寂しくそこにいた。他の机もポツポツと休んでいるクラスメイトもいた。里沙と仲が良かった人が主に休んでいた。
里沙が死んでも普通に授業を行うのに違和感を感じ、少し気持ち悪い。学園祭も一週間後に変更され、少なくとも俺たちのクラス以外の生徒は楽しみにしているはずだ。
授業が終わり、俺は教科書を机にしまうとすぐに千恵の所まで行った。あの女の人が見えてから四日が経つが、千恵はまだ慣れていないのか、授業中も先生にバレない程度に下を向いていた。
授業が終わっていても、まだ下を向いている。
「千恵?お前....大丈夫か?」
話しかけてみると、千恵はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。
俺はその顔を見てギョッとした。千恵の顔は前に見たより酷い状態だった。目の下のクマは酷く、目には生気が全く残っていなく、死にかけっといった感じだ。
「あっ、西条〜君か....どうしたの?私あんまり顔を上げたくないんだけど....」
千恵は前のような意地はりができてないほど、疲れきっていた。口元は笑ってみせるが、死人のような目はどんどん光を失っている。
「どうしたんだよお前...前より酷くなってるぞ?この二日間で何があったんだ?」
「ははは....そうだよね、酷くなって当然。もう私限界なんだ。この二日間に何があったって?地獄だよ、地獄に落とされた気分だった。アレは....あの女の人がずっと私の側から離れでないで、ずぅっとこっちを見てくるの....何もしてこないけど、本っ当に気味が悪くて...」
「....あの女の人は今もいるのか?」
「えぇ。いるわよ。アソコに....」
千恵は顔を伏せながら震える手である場所へ指差した。
そこは死んだ里沙の机だった。
「あの女の人....矢野さんの机の上に立って、こっちをずっと見てる。」
「は?ま、前は家の外にあるポストとか、遠かっただろ?何でこんなに近いところにいるんだ?」
里沙の机は何にも異変はなく、白い花が風にあおられて綺麗に見えるくらいだった。
千恵かま段々息が荒くなっているのが顔を伏せていても分かった。
「しらないよそんなの。昨日は近くにいても教室のドア辺りまでが限界だったのに...朝起きたら部屋のタンスの横にたってたのよ?
ねぇ、西条君。私は確信したよ。何で矢野さんがあんなに発狂していたのか、そんなのあの女の人のせいに決まってる!あの女の人が何かしたんだ!
ねぇ!?私も何かされるの!?私嫌だよ!西条君!!」
千恵は俺にすがった。情報的には千恵よりない俺にだ。千恵は強く俺に捕まってきて、牙を折られたライオンのように、虚しい目で助けを求めてきた。
千恵の声は教室に満ちて、他のクラスメイトの視線を集めた。
「お、おい千恵!落ち着けって。取り敢えず保健室行って休もう。な?」
俺は千恵の手を解くと、その手を首後ろにかけて怪我人を運ぶように保健室へ向かった。
向かっている時にも千恵は顔をしたに向け、ブツブツと泣きそうな声で独り言を呟く。千恵の精神状態は明らかに限界に来ていたのを確信した。
保健室のドアを開けると、いつも見かける女の保健室の先生とさっき紹介されていた和一先生がいた。
「どうしたの西条君!?笹井さん?笹井さん!?」
「すいません先生。千恵は体調が悪くて、まだ矢野さんの事件を忘れられなかったみたいで、具合が悪くなっちゃったぽいです。休ませてやっていいですか?」
「も、もちろんよ!こっちのベットに寝かせてあげて?」
千恵はゆっくりとベットへ横たわると、枕を抱き枕のようにギュッと抱いた。だが、それはどうしようもなく、抱かないと落ち着けないといった感じだ。
千恵を運び終わった俺は、気にはなったがどうすればいいのか分からなく、教室へ戻ろうとした。
「ちょっと待ってくれるかな?栄治君...だったよね?」
ドアに手をかけたところで和一先生に呼び止められた。今はあんまり関わりたくなかった。
「そうですけど....もう授業が始まっちゃうんで、もう行きますね。」
「あぁ、大丈夫だ。そんなに時間は取らないし、遅れても俺の名前を出せばいい。少し聞きたいことがあるんだ。」
「....なんですか?」
ドアから手を離して、すぐ横にある長椅子に座るのを見ると、和一先生は機嫌が良い表情になった。
「栄治君はさ、矢野さんの話をしても大丈夫?あんまり思い出したくないかな?」
「...別に大丈夫ですけど」
「あぁ、じゃあ良かった。あんまり時間を取らせたくないからすぐに本題に入るけど、矢野さんが亡くなった時、あるいは亡くなった後の事を思い出してほしいんだけど、何か気になる事とかある?」
「気になる事....ですか?」
「うん。例えば、矢野さんが亡くなった事で少し参っている人とか、妙に興奮するとか....なんでもいいんだ。別にお母さんが急に優しくなったとか、毎日の新聞配達の人がいつもと違う人とか、そんなどうでもいい事でもいい。」
「何でそんなこと....」
「いいから。あんまり考えずにすぐに頭に浮かんだ事を言ってくれるだけでいい。」
俺は目線を逸らして記憶の引き出しを探った。たが、一番最初に浮かんでくるのはあの女の人で、それ以外は全く浮かばない。俺が探ってるのはそれ以外の事なのに、あの女の人の事しか出てこなかった。
スっと和一先生の方を見ると、こちらをジッと見てくる。和一先生はカウンセラーと言っていた、この質問で俺の心の中を見ようとしているのは明らかだった。
だが、何故俺に質問してくるのかが分からない。数多くいる生徒の中からなぜ俺を....
「そうですね....敦がやっぱり結構参っているっていうか....千恵とか他に休んでる人達も心にきてるって事ですかね?」
俺はあの女の人の事は口には出さなかった。カウンセラー程幽霊とか非現実的な事は信じないっていう印象があるし、これで麻薬使用者と疑われても勘弁だ。尚且つ、この事は千恵本人が言うべき、横から出ている俺が言うべき事ではないと思ったからだった。
和一先生はしばらくこちらを見続けると、少し頷いてみせた。
「うん。そうか、なるほどね....後、一つだけ質問するね。
栄治君は幽霊とか信じるかい?」
「え?」
意外な質問で俺は口から自然と音がこぼれた。
その反応を見て和一先生は微笑しながら話を続けてきた。
「幽霊だよ、幽霊。人玉とか地縛霊、怨霊とか。どう?栄治君。幽霊と言ったらどんな格好をした幽霊を思い浮かべる?」
「えっと....人玉とかオーラみたいなやつですかね?」
「意外だね。普通は女の人の霊とか思い浮かべないかい?僕はそう思い浮かべる。そうだな....白い服を来て、長い髪を垂れ流し....返り血を浴びている女の人の霊を思い浮かべるね。」
和一先生はあの女の人の特徴を的確に当ててきて、自然と汗が吹き出した。
和一先生はだんだんと表情を堅くした。
「...."女の人の霊"って所で思い当たる事がありそうだね。反応的に見て、君は結構最近で大きく関わったりしていない?」
この人はあの女の人の事を知っているのか?だけど、喋っていいのか?
あまりにも非現実的な事が起きているので、和一先生からは裏の顔があるに違いないと思うようになってしまう。時期も時期だし、こんなドストレートの質問をしてくるから余計そう思ってしまう。だが、千恵の力となれる可能性もある。自分には無い情報が和一先生にあるのはほぼ間違いないだろう。
「どうだい?栄治君。」
「えっと....」
答えるかどうかを迷っている中、チャイムが校舎に鳴り響いた。
チャイムの音が聞こえると、自然と保健室の中には会話は無くなった。
俺は軽く息を吐いて質問に応じた。
「どうですかね?都市伝説のテレビ番組でよく特徴の似た人がいたんで...」
相変わらず俺の答えと同時に和一先生は俺の目から視線を逸らさなかった。だが、俺は至って冷静だった。
「うん....そうか。確かあれだよね?最近話題の"都市伝説をドラマ化"みたいなやつだね。俺もよく見ているよ。
じゃあ俺も少しやらないといけないことがあるから失礼するよ。栄治君も授業へ行きなさい。」
そう言い残すと和一先生はさっさと保健室から出ていった。俺は和一先生の未知なる知識と共通の趣味があったのか、怖いのか嬉しいのかよく分からない感情に支配された。
和一先生が保健室から出たあとに、保健室の先生もベットからひょこっと顔を出してきた。
「何話していたの?二人でこそこそと」
「....別になんでもないです。プライベートの話ですよ。」
「あ、そうなの?まぁそんなことはどうでもいいとして、西条君は早く授業に向かいな?笹井さんは大丈夫だから。」
俺はペコりと小さく頭を下げると、早歩きで教室へ向かった。