「ここがトランペットパートね。トランペットはね…」
また始まった…
「金管の中でもすごい目立つの。金管の王様くらい。出来たらとってもカッコいいんだから、だからかな、トランペットの男子…全員彼女持ちなのよね…」
「そうなんですか?」
「うちのパート、地味で目立たないから、彼氏も希望者も来てくれないの…」
「そんな事…」
落ち込む先輩はなんだか可哀想にみえた。
「ふふ、恋愛に気を取られてる哀れな部員どもめ、だから上手くならないのよ!今に見てなさい。この日笠(ひかさ)菜々子が金管パートの創始者になってやる!」
そう拳を突き上げる先輩。
役者なのか?
この先輩…
「菜々子、パート練の邪魔」
「おぉ、失敬、失敬。ほら、新人ちゃん連れて来たから」
「ありがとう。トランペットパートにようこそ。時間的にこれが最後かな?」
「じゃあ、私はパートに戻るわ。アディオスアミーゴ」
「ありがとうございました…」
菜々子先輩は廊下の向こうに消えていった。
「あんな先輩、困っちゃうよね」
「いえ、そんな事」
女の先輩で、綺麗な人。
「トランペットパートリーダーの鈴木亜美
(すずきあみ)です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「トランペットパートは1年B組を使ってるの
トランペットは人数も多くて、みんな優しいから、楽しいと思う。入って」
中に通された。
男子部員を見たけど、ブスじゃないけど、彼女がいるって言われたら、少し驚く。
「これがマウスピース…ユーフォ、チューバを吹いたら、要領は同じ」
「分かりました…」
少し気が重い。
また出なかったらどうしよう。
やっぱり筒抜けの音しか出なかった。
「難しいよね」
「はい…すいません…」
「私も最初は音なんて出なかった」
「そうなんですか?」
「うん。トランペットをテレビで見てからやりたいって思った。だけど、楽器体験の日に音も出なくて、絶望した。だけど、やりたかった。だから、あえて第1希望はトランペットにしたの」
「そうだったんですか…」
「うん。その時トランペットパートは希望者が3人しかいなかったから通ったけど、それから上手くなんてなれなかった。先輩にも迷惑かけて、タチ悪い先輩には聞こえるように影口言われて…パート練の時にその場で号泣しちゃった事があって…」
「嘘…」
怖すぎ…
「その時にね、私トイレに逃げた。個室に閉じこもってたら、すぐ近くでトランペットの音が聴こえて、それが綺麗すぎてすぐ個室から飛び出した。そこにいたのね…菜々子だったの」
あの、おしゃべり先輩…
「菜々子、私の楽器勝手に使って、しかもその後にね、言われたの…トランペット好きなんでしょ?って」
「先輩、なんて言ったんですか?」
「嫌いって言った」
辛そうに顔を歪める先輩。
「だけど、菜々子は私より遥かにうわてだった。嫌いなら慌てて出て来たりなんてしないでしょって」
あの先輩ならいいそう…
「もう部活辞めるって言ったらね。したいならそうしなって…今までやって来た事すべて投げ出すんだ。でもここで立ち止まれば上手くなれる。このまま続けて上手くなるか、それとも今まで努力した事を時間の無駄だと自分を下げるか。どっちがいいって言われた」
菜々子先輩ってそんな人なんだ…
「私は立ち止まる方を選んだ」
亜美先輩も中々すごい人だと思う。

「部活終わった後にもね、練習してたら、菜々子が急に楽譜渡してきた…ってこれじゃ時間無くなっちゃう。楽器付けてやってみようか」
その後…楽器を吹いたけど、狙った音は出なかった。
だけどある程度の音は出るようになった。

時刻は5時10分
下まで亜美先輩は送ってくれるらしい。
そのまま合奏に行けるように楽器と楽譜を入れたファイルを持ってる。

「先輩、菜々子先輩に何の楽譜渡されたんですか?」
「キラキラ星」
私もやった事ある。
初心者でも出来るし、中々忘れない。
「思ったの…なんでこんな簡単なのをやるんだろうって…だけど、やってみたら楽しかった。なんか、これが音楽なんだって思った」
「吹いて下さい…」
「…え?」
「聞きたいんです…先輩の音」
「分かった。確か二階の視聴覚室が空いてるから、そこ行こ?」

視聴覚室は誰もいなかった。
「キラキラ星でいいの?」
「はい。それがいいんです」
「分かった」
先輩のキラキラ星はなんとも綺麗で、私達が小学校、とは段違いだった。
高い音は周りの空気を貫いて…
低い音は空間を震えさせた。

「どうだった?」
「綺麗でした。なんか…こう。上手く言えないけど。聞いてると、気持ちよくなる感じです」
「ありがとう。あ、そろそろ行かなきゃ、ごめん、玄関までは行けない」
「こっちこそすいません。引き止めて、わがまま言って」
「ううん、嬉しかった…聞きたいって言ってくれて」
先輩はそう言い残して、音楽室に行った。