初めて気付けた発見は、童心に帰るにはちょうど良い。ずっとそう思っていた。
  月に照らされた指は青白く反射した。その元を辿れば、太陽の光がある。太陽の光に照らされた指先は、少し赤くなって光を蓄えた。反射する余地が無いほど、光を受け取ったがため。その色が赤である理由を、私は知らなかった。それらを知ったとき、私は今まで通りそうなんだ、と知ることを堂々と楽しめなかった。いつもは、知る喜びを受け入れるほどだったというのに。
 太陽の光を浴びると、いつもその感覚が蘇ってくる。それだからなのか、私は朝よりも夜の方が好きになってしまった。
 そう、深夜の教室に籠るぐらいには。
 いや、本当は籠る気なんて無かった。古い校舎に割れやすそうな硝子。籠る気があれば成績を引き換えにいつだって籠ることができる。ただ籠る気なんて更々無かったのが現状で、それだから今の状況に戸惑っている。なんで私、こんな場所に居るんだろう。私は、塾は、受験勉強は、親は、どう。
 そう思案していると、人の足音が聞こえてきた。とても静かな音だが、今は校舎自体がとても静かなので、透けたように感じる。閉鎖した学校で、今、人の足音となると、考えれば一つしか当てはまらない。
 学校、の、先生。
 まずい。これは本当にまずい。どうにかして隠れなければならない。隠れて隠れて隠れてやり過ごさなきゃ、私が、私が、私が。
 いけない。まずは落ち着いて考えなければならない。しっかりしなきゃ、ここに頼れる人は誰一人居ない。だったら自分自身を頼れ。それしか無い。
 まだ足音は遠い。
 まず物事は隠れるという方向でいいのか、他に逃げ出すことや自首することも考えられる。
 逃げ出すことについては、私の脚力を思うと憚られた。私は筋力に自信が無い。いっそと窓に目をやるが、見えるのは木の枝葉。峰は見えそうにない。二階以上であることは確実だ。足を損傷したりしてしまう。それに逃げるのは後々問い詰められたりと面倒なことになりかねない。それだったら潔い自首をした方が良い。
 さて、潔い自首。それは罪を認めたことになる。私はわざと夜の校舎に入り、ここに居たという証明になってしまう。違う。私はそんなことをしたんじゃない。私は気付いたらここに居たんだ。私に罪は無いはずだ。
 だったら、隠れてやり過ごすしか無い。足音は確実にこちらに近づいている。
 考えは次の段階だ。どこに隠れようか。
 まず目に入ったのが掃除用具入れ。しかしこれは開閉時に大きな音が鳴る。鉄はどうも音を響かせる。こんな静かな場所で大きな音を立てるのはいけない。これではなにかが居ると知らせているようなものだ。
 次に机の下。机の下なら音を出せずに隠れられるかもしれないが、もし教室の中まで入ってこられたらどうなることだろう。机の下には便利な壁なんて無い。バレて怒られる始末だ。
 そして便利な壁がある教卓。ここなら隠れられそうか。ここなら、と思ったがここは本当に隠れられるのだろうか。先ほど同様教室に入ってこられたら。
 では、どうすれば。軽い足音に重さが連なる。お願い、お願いだ。後生だから少し待っていてくれ。
 先ほど目を送ったばかりの外を見た。
 そうだ、外なら、教室で身を潜めるようなことをしなくても良い。教室よりは安全だ。
 ベランダ口に静かに駆け寄り鍵を開け、その身を滑り込ませる。時は止まってくれない、一刻を争う暇も無い。そして静かに閉め、壁にもたれ掛かるようにして息を潜めた。