先輩から逃げる方法を探しています。




「あーあ。負けちゃった~」


リレーが終わり、すぐに翼ちゃんのところへと行った。

有無も聞かず、手を取っていつもの場所へと連行する。

クラスメイトと一緒にいるのは居心地が悪いけど、翼ちゃんと一緒にいるのは居心地が良い。


「でも2組も抜いたじゃないですか」

「1位じゃなきゃ意味ないでしょ」


頑張ってみた走ったものの、結果は2位。

やはり青組を追い抜くことはできなかった。


「まさか先輩が真面目に走るとは思わなかったです」

「折角出るんだからそりゃ走るよ~。本当は1位になって翼ちゃんにかっこいいところ見せたかったけどねぇ」


なんて。

1位になったところで翼ちゃんは俺のことなんてどうとも思わないんだろうけど。

寝転がった俺の上に翼ちゃんはぽんっと何かを置いた。

置かれたものを手に取ると、透明な袋の中に入っている数本の棒キャンディが見えた。


「何これ…棒キャンディ?」

「はい。先輩が好きと言っていたので」


確かに前に好きだと話した覚えがある。

翼ちゃん、覚えててくれたんだ。



俺の好きなものを覚えてくれていたのは嬉しいが、なぜ突然プレゼントしてくれたのか。

考えてみると1つだけ思い当たることがあった。


「もしかしてだけど、これが翼ちゃんの言ってたとーっても良いご褒美なの?」

「そうですよ」


どうやら当たっていたようだ。

確かに好きなものだし、覚えててくれて嬉しかったけど「とーっても良い」なんて言っておいてこれは少し期待外れだ。

「とーっても良い」のであればそれ相違のものをくれないと。

この棒キャンディ数本じゃもの足りない。


「翼ちゃん起こしてー」

「えぇ…?自分で起きてくださいよ」


そう言いつつも優しい翼ちゃんは俺の差し出した右手を掴んでくれる。



翼ちゃんが俺を引っ張ってくれる前に俺が手を引くと、軽々と俺の上に倒れ込んだ。

そしてすぐ左横にある頬に軽く口づけをする。


「ご褒美なんだからこういうことしてくれないと」


俺がそう言うと、我に返ったかのようにばっと起き上がる。

面白半分でからかってみたのだが、翼ちゃんの反応は想定していなかったものだった。

左頬を手で押さえ俺を見下ろす翼ちゃんの顔は真っ赤。

今まで無表情だった翼ちゃんが、だ。

自分から面白半分でやったのだが、こんなに顔を真っ赤にされてしまうと困るものだ。


「次にご褒美をくれる時は期待してるよ~」


笑顔で余裕ぶったが、正直なところ割とドキドキと胸が鳴っているのがわかる。


「もう先輩には一生ご褒美なんてあげませんっ…!!」


どうやら俺の翼ちゃんへの気持ちはお気に入りではなく、別のものになり始めているのかもしれない。




「お願いっ…!」


6月に入り、私は再び佐藤先生に呼び出され職員室へと来ていた。

両手を頬の横で合わせ、大きな瞳をうるうるとさせながら上目遣いで見てくる。

男子生徒には効果があるだろうが、残念。私は女子生徒である。


「すみません。私には無理です」

「えっ…そ、そこをなんとかお願い!」

「無理です」


つい一ヶ月前にも全く同じやりとりをした覚えがある。

前回はここで諦めてくれたのだが…


「最後…最後のお願いだからっ!伊坂さん!」

「えっ…」


今回は諦めてくれないらしい。

私に抱きつき、再び迫ってくる。



周りの先生達は「また佐藤先生が騒いでるなー」と笑ってこの状況をスルー。

私からすると笑いごとではないんだけど。止めて欲しい。


「というより先生。仮に私が入ったところで先輩が入るとは限らないのでは?」


そう。今回の先生のお願いは「天文部に入って欲しい」というものだ。

先輩の留年を阻止するためにも次は部活動をしてもらう気らしい。

運動系だったらどんな理由があろうとお断りだが、文化系なのであれば少しは考える余地はある。

まぁ、そうは言っても先輩が素直に部活に入るなんて思えないけど。

先生は私から離れ、パンッと手を打ち、笑顔で答える。


「それなら問題ないわ!」


それはほんの1時間前程に遡る。



何週間にも渡り「話があるから顔を出して」と先生は先輩に連絡をしていた。

そして今日、やっと先生のところへと来てくれたらしい。

先輩も先輩だが、先生も先生だ。

よく何週間も諦めなかったと感心する。


「しゅがーちゃんうざすぎ~。一体何の用事?」

「松木くん。部活に入りましょう」

「はぁ?」


唐突な先生の発言に対し、もちろん先輩は断った。

が、何週間も連絡をした先生が容易く諦めるわけがない。


「天文部だから毎日活動しなくてもいいわ」

「へぇ~」

「それと伊坂さんにも入ってもらうつもりなの」


先程まで全く興味なさ気にそっぽを向いて聞いていた先輩だが、私の名前を出すと先生の方を向いたらしい。


「ふーん。翼ちゃんがねぇ…」

「どう?どうっ!?それならいいでしょ?」

「うーん…どうしよっかな~」

「勿論、伊坂さんが入らなかったら松木くんも入らなくていいわ。先生もこれ以上入りなさいとは言わない。さぁ、どうする?」

「…しょうがないなぁ。その条件に乗ってあげる」


これが1時間前に起きた出来事だ。




「…と言うわけなのー♪」

「いや何勝手に決めてるんですか」


完全に先輩が有利な条件でしかない。

私が断ったとしたら先輩は部活に入らなくていいし、先生からこれ以上の勧誘がこない。

私が入ったとしたら私をからかって遊ぶだけだ。

そして1つ疑問が残っている。


「そもそも天文部なんてありましたっけ?」


入学して2ヶ月。

天文部に入っている人も天文部についての話も聞いたことがない。

それに入学式の部活動紹介にもいなかった気がする。


「なかったわ。だから作るのよ。勿論、顧問は私よ♪」

「えぇー……」


私の記憶は正しかった。

まさか新しく立ち上げるとは…


「ちょっと待ってください」

「え?何?」


私の脳裏には最悪なことがよぎった。



今から新しく部活を立ち上げるということは、入ったとして部員が私と先輩しかいないということだ。

こんな最悪すぎる状況を容認できるはずがない。


「先輩と2人きりで部活なんて絶対嫌です。無理です」

「あら?2人きりじゃないわよ。もう1人いるの」

「え?」

「その子もね松木くんよりは全然大丈夫なんだけど、ちょーっとだけ危うくて…だから部活に入ってもらうことにしたのよ」

「そう…なんですか」

「それに部活は3人以上じゃないと作れないのよ」


部活は3人以上じゃないと作れないのは知らなかった。

なにより先輩と2人きりじゃなくて安心した。

そのもう1人という人は先輩とは違い、不良でもなんでもない。

ただとある事情があり、あまり学校に来ることが出来ていないらしい。


「学生らしいことってもう大人になったら出来ないじゃない?だから部活をして少しでも楽しんでもらいたいのよ」


少し悲しげな表情で話す先生。

その人はもしかして病気とかであまり学校に来ることが出来ていない…とかだったりするのだろうか。


「……わかりました。入ってもいいですよ」

「えっ本当!?伊坂さんありがとうー!!大好きー!!」


先生のためでも先輩のためでもなく、その人のために。



数日後。

先生から連絡を受け、空き教室へと来ていた。

どうやらここが天文部の部室になるらしい。

しばらく使われていなかったのか、少し埃っぽい。


「楽しみだねぇ」

「ほんとにそう思ってます?」

「もっちろ~ん。だって翼ちゃんと2人きりなんだしいっぱい話せるじゃん」

「え?2人きり?」

「うん。2人きり」


あれ…おかしいな。

先生はもう1人いるって言っていたし、3人いないと部活は作れないとも言っていた。

それに今、先生がいないのもそのもう1人を連れて来るから待っていて、とのことだったのだが。

これって先輩か私、どちらかが先生に騙されたってこと…だよね?

もし私が騙されていた側だった場合、先輩と2人きりで部活動になるんじゃ……


「2人ともーおっまたせー!」

「しゅがーちゃん呼びつけといて遅すぎ~」


やって来たのは先生1人だ。