私、伊坂 翼(イサカ ツバサ)は昔からよく「素直じゃないね」と言われる。
それは自分でも自覚をしていること。
感情を表に出すことが苦手で、笑うことも怒ることも泣くこともあまりない。
泣くことに関してはもう何年も人前で…友達や家族の前でも泣いていないだろう。
そのせいもあってか初対面だと「怖い」と思われてしまう始末だ。
だが、正直なところつい数ヶ月前には受験に失敗したことで夜中に顔を枕に埋めて大泣きした。
泣かないわけではない。人前で、泣かないだけ。
だからと言ってこんな性格をしているせいで特別不便を感じているわけでもなく、平和に生活をしている。
友達がいないわけでもなく、家族と不仲なわけでもなく。
至って普通に過ごせている。
「相原くーん!一緒に帰ろー♪」
「駄目だめ!景くんは今日はあたしと帰るんだから!」
1人の男子に群がる数人の女子達。
相原 景(アイハラ ケイ)は確か学校一のモテ男だかなんだか…そんなことを言われてる人。
1年生で、入学して数週間しか経っていないのにもう学校一とは凄いものだ。
とりあえず、目立つ人とは関わりたくない。
目立っていいことなんてほとんどない。大抵は災難に遭う。
集団を横目に帰ろうと昇降口を出ると、ふと子猫が目に入った。
キョロキョロと辺りを見渡しながら校舎裏へと進んでいく。
首輪をしているようには見えなかったけど、迷子かな…。
追いかけて行くと校舎裏にある倉庫の横で子猫は止まった。
私が近づいても警戒したり逃げようとしたりはしない。
「どうしたの、おまえ。迷子?」
「にゃー」
「…可愛い」
撫でると嬉しそうに鳴く。
動物ってなんでこんなに可愛いんだろう…癒される。
「あれれ~知らない顔がいるなぁ。ご飯足りるかな」
突然、気の抜けたような声が聞こえ、顔をあげる。
そこには声の主であろう人物が立っていた。
耳には複数のピアス。茶色の髪には所々赤色と緑色のメッシュ。
口元や頬には少し傷があり、腕にはあざも見える。
そして手には動物用の餌のようなものが入った瓶を持っている。
私の隣に座ると、瓶から取り出した餌を手に乗せ、子猫に差し出した。
子猫はなんの迷いもなく、差し出された餌を食べ始める。
もしかしてこの子猫の飼い主なんだろうか。
「なぁにそんなに俺のこと見つめちゃって。欲しいの?」
逆手で餌をつまむと私の口へと近づける。
すぐにそれを手で押し返し、立ち上がった。
「いらないです」
「え~いらないの?じゃ俺が食べちゃおーっと」
口を開け、先程私へと差し出した餌を自分の口の中へと運ぼうとする。
「えっ…それ動物用の餌なんじゃ?」
「そうだよ。冗談じょうだーん。本気にしちゃった?」
「し…してないです」
男子は面白そうに笑いながら、その餌を子猫に食べさせた。
会ってまだ数分だが気づいたことがある。
どうも私はこの人が苦手だ。
これ以上関わるとろくなことがないだろう。
鞄を手に持ち、黙って立ち去ろうとすると、それに気づいた男子は声を掛けてきた。
「あれ?帰っちゃうの?」
そう問いかけてくる男子の顔を見ると、やはり口元や頬の傷に目がいく。
…どうしてこんなに怪我をしているんだこの人は。
溜め息を吐きつつ鞄を漁り、手にした物を男子に差し出した。
「え?何これ~?」
「絆創膏です。それでは」
男子に絆創膏を渡し、私はそのまま家へと帰った。
次の日。
私は2教科分のノートを両手で抱え、職員室へと向かっていた。
学級委員長だからという理由で2教科分ものノート運びを任せるのは如何なものか。
中々に重い。
ふと昨日の子猫のいた場所が見え、そちらに目線を向ける。
可愛かったなぁ…昨日の子猫。
あの男子が飼っているのかなんなのかよくわからなかったけど。
「ひょっとして俺を探してる~?」
「うわっ!?」
「あははっ。俺が先にみーつけた」
急に耳元で声が聞こえ、後ろを向くと、昨日の男子がいた。
手を振り「やっほ~」とご機嫌そうに笑っている。