慌てて喉元でひっかかっていた声を張り上げた。



「お、おまわりさんっ!!こっち!こっちで喧嘩がっ!」



だいぶ上ずった声になってしまった事に焦ったけど、
その声に男たちは慌てふためき、悔しながらもその場から逃げ出した。
その様子に、地面に投げ出されたままの男は不思議そうに顔をあげた。
殴られた頬をさすりながら、ふらふらと上半身を上げて周りを見渡している。



「…あ。やべ。口切れた……。あれ…」
「あの…大丈夫?」



近寄って顔を覗き込むと、男はきょとんとした顔で私をみた。



「…え…まさか、え。うそ。警察…?」
「いや。ごめんなさい。あれ、嘘なの」
「それ、青学の制服……」



制服を見てすぐにどこの高校かわかったようで
ちょっとドキっとする。



「……もしかして助けてくれたの?」




男は切れた口端を指で拭って、嬉しそうに笑った。
だけど傷が痛いのか、すぐに緩めた口元を覆って痛みに嘆く。



「あの場合、悪くなくても素直にごめんなさいって言った方がよかったんじゃない?」
「…ああいう奴らはどういう態度とったって理由つけて手出してくるよ。
だったら仲良くしてやろうと思ってね」
「……それ逆効果」



…変わった人だ。
呆れた様子でその笑顔を見ていると、男はニカっと子供のような笑顔で歩み寄った。




「おかげで助かったわ。サンキュ!」
「………いえ」
「ねえ、名前聞いていい?あ、ナンパじゃないよ」
「……」



予想以上に馴れ馴れしい人だ。
顔を引きつらせると、男はさらに楽しそうに笑う。



「あは。もしかして警戒してる?大丈夫!お礼がしたいだけだから!」
「こういうのってナンパに持ち込む口実だって、なんかの本で読んだ気がします」
「…本の常識なんてどーだっていいじゃん。もっと本質見て!俺は本当にお礼がしたいだけ!」



無邪気にそして強引に歩み寄りそう叫ぶ男が、またニカっと笑った。
暗いから良く見えないのに、太陽みたいなすごく明るい笑顔。
思わずこっちまで顔を綻ばせてしまうような、表情だった。




「夏芽。倉持夏芽」
「…なつ、め?」
「うん」



名前を言ったとたん、男は笑顔を消した。
真顔でじっと私の顔を見つめる。
な、なんだ。急に雰囲気変わったような。
だけどすぐに先ほどの笑顔を見せて、私の両手をぎゅっと握った。




「なつめかー。偶然すぎ!!」
「え。な、なに。わ、私の事知ってるの?」
「いんや。知らない!」
「…は……どういう事…?」



意味がわからない彼の言動に、私は呆れたように返した。
だけど相変わらず彼は嬉しそうな笑顔を見せる。



「俺、天沢秋人」
「天沢くん」
「秋人でいいよ。青学の何年?いくつ?」
「高1、17…です」
「へーえ!年、オレと一緒」
「はぁ……」



なんか自己紹介タイムに持っていかれてる気がする。
制服のせいで学校も既にバレてるし、
ここまで言っちゃった事にちょっと後悔する。



「家この辺なの?少し遅くなってもいいなら一緒に飯食おうよ。俺も今からなの。もちろんおごる」



これはやっぱりナンパというものなのかな。
でも“家”という言葉に私はママと慶介さんがよぎった。

ううん。いやいや考えるな。
私はあの家にはもう帰らないんだから。