―――夏芽、普段ならもっと点数とれるはずでしょ?



珍しく仕事を早く終えて帰ってきてママと顔を合わせると、
いつも答案用紙のチェックが入る。
そして人並みよりも良い点数をとってもママの言葉は大抵これ。

私だって、頑張ってるつもり。
ママを困らせたくないし、笑ってほしいから
幼少期から今まで一番テストの点に拘ってるのは
ママではなく、きっと私だ。
だけど現実は、頑張った分が結果になるとは限らない。




―――夏芽ちゃん。もしかしてこれで満足してるの?




家庭教師の慶介さんのお決まりの台詞もママと似たようなものだ。
5つ年上の幼馴染で
いつも家にいないママの変わりに面倒見てくれてた
優しいお兄ちゃんだったのに、
家庭教師として家に上がり込むようになってから
勉強以外の会話なんて一切しない。
授業料を払うママにも厳しく言われてるからだってわかってるけど。




「……ごめんなさい。次は…もっと頑張るから」



ぎゅっと握りしめた教材を抱えて
絞り出す言葉は、いつもこれ。
そう言えばママも慶介さんも次に期待してくれるから。
裏切らない為の言葉。
自分自身を冷静に保つ言葉。

更に自分を追い詰めているってわかっているのに。



我慢、我慢の日々が続くなか
家の中でも息苦しさを感じて
でも逃げる場所なんかなくて。



そしてついには、追い打ちをかけるように
久々に仕事を早く終わらせ帰ってきたママの言葉に
糸が切れた。




―――あなたこんなんじゃなかったはずでしょ?ママを困らせてるの?



私は初めてママの言葉に、何も返さず部屋に逃げ込んだ。
いつもの私と違う様子に、慶介さんは少しだけ気付いたのか、
その後そっと様子を見に来て、優しい言葉をかけて帰っていった。
なんて言ったかも、全然耳に届かなかったけれど。



…私はずっと、私のままだ。
何も変わってなんかない。



そもそもママは私の何を見てるの?
頭さえ良ければ、勉強さえしてればそれでいいの?
成績の不調が続けばもう、
私は自慢のママの子じゃないの?

……私は一体、
何の為にこんなに頑張ってるんだろう。



そして思い立ったかのように
引き出しにしまいこんでいた小さな便せんを引っ張り出し、
傍に転がってたペンを握りしめた。