「よろしくね、哀咲さん」



朝羽くんが、私の方に向かって、握手の形をした右手をスッと延ばした。

想像もしなかった行動に、一気に緊張が押し寄せる。




その手に、私が触れてもいいのかな。

男子の手に触れるなんて初めてのことで、動悸が速くなった気がした。


空中に浮いたままの手を見つめながら、自分の右手を亀よりも遅い速度でそれに近付ける。



嫌じゃないよね？
このまま握手してもいいんだよね？
私おかしくないよね？



少しだけ、延ばす手が震える。



「待ってカズ」



細かく震える手に、朝羽くんのではない綺麗な指が絡まった。

瞬間に、熱を持った何かが駆け巡っていく。



「俺が先だから」



颯見くんの指が、私の手に触れている。


そのまま手をぎゅっと包まれて、鼓動がさらにペースを速める。



握手って、こんなにドキドキするんだ。



「カズより俺の方が先に知り合ったんだからな」


「ふっ、なんだそれ。出た出た、嵐のよくわかんねー負けず嫌い」


「は、カズ、なんか馬鹿にしてるだろ」



可笑しそうに笑う朝羽くんと、怒ったような顔をしてみせる颯見くん。

その間も、手は颯見くんに握られたまま。


朝羽くんが出していた手は、いつの間にか引っ込んでいた。


握られている手が、なんだか熱く疼く。



「あ、ちょっと嵐、もう戻らないと！　次、移動教室だよ」



鈴葉ちゃんがそう言ったことで、包まれていた体温が消えた。



「え、マジか、やべー」



慌てて立ち上がった颯見くんと鈴葉ちゃんが教室を出て行く。



私は、まだペースが速いままの鼓動を聞きながら、数学の教科書とノートを机の上に出した。



机の上の『颯見 嵐』という文字が目に映る。



颯見くん。
すごく、いいな。