「アラシ、わざわざ十二組まで来て、どうした?」


「んー……。喋りたいなぁって思ってさ」



そんな会話が聞こえた後、ガタッと前の椅子が音を鳴らした。



「哀咲、おはよ」



優しく囁くような声が、ふわりと頭上から降ってきて、私の緊張をほどいていった。



そっと顔を上げると、椅子に横掛けした“アラシくん”の綺麗な黒い瞳と目が合って、彼は優しく笑った。



やっぱり、すごく、いい人だな。

私のこと覚えていてくれて、声をかけてくれて、こんな風に笑ってくれる。



「お、おはよ、ござい、ます」



私が言うと、彼の隣に座っている朝羽くんが、「哀咲さんが喋った……」と目を見開いて呟いた。



ただ挨拶を返しただけで、そんなに驚かれてしまうなんて、私はどれほど無口なんだろう。

少し、落ち込んでしまう。



“アラシくん”は、朝羽くんの言葉には触れずに、くしゃっと笑った。



「なんか緊張するから、敬語はなしにしよ」



窓から涼しい風が吹いて、外の木の枝葉がサワサワと擦れあう音が聞こえてくる。



「はい……うん」



私が応えると、彼はまたくしゃっと笑った。