せっかく、この朝の時間のために用意していた数学のワークは、一度も鞄から取り出されることはなかった。



気づけば、黒板の前の教卓に派部先生が立っていて、朝のホームルームが始まっていた。



真面目一徹の派部先生は、放課後に委員会の集会があることや、今日の部活は運動部のみということを淡々と伝えて、ホームルームを終わらせた。



私は委員会には入っていない。
部活にも入っていない。


そういえば、彼……“アラシくん”は、保健委員だったな。

鈴葉ちゃんは確か、風紀委員。

それで、サッカー部員にサッカー部マネージャー。


二人とも、やっぱりすごいな。



二人が一緒にいれば、きっと誰もが納得する。



何だろう、何だかわからないけれど、心の中がモヤモヤする。



今日も教室は賑やかで、ふざけ合う男子も、それを笑う女子も、みんな楽しそうで。


私はただ、それをいつものように眺めている。


心の中は何かが落ち着かないけれど、でもこうやって眺めていると、いつかあそこに私が混ざっていたらいいなぁ、なんて、妄想をして。



そうすれば、少し幸せな気分になった。



だけど、ホームルームが終わって休み時間が始まってから、まだ数分も経っていない、そんな時間に。
さっきまでふざけていた一人の男子が、教室の入口へすごい勢いで駆けていった。



「ソウミじゃん! 十二組に来るなんて珍しいな」



その言葉の後に続いて、何人かの男子も、はしゃぐようにして群がった。



数人の女子も「ソウミだ~」なんて言いながら、その輪に入っていく。



何だろう。ソウミ?



最近の流行語とか若者言葉とか、そういうのに全く疎い私は、何のことだかさっぱりわからない。



妙に気になって、その十人ぐらいのかたまりを見つめていると、そのなかの一人の女子が「朝羽(あさば)! ソウミが来たよ!」と叫んだ。



それに反応して、私の斜め前の席で学級日誌を書いていた朝羽くんが、顔を上げてふわりと笑った。



この人の笑顔は、鈴葉ちゃんに雰囲気が似ている、と、何度か思ったことがある。


そして、それゆえなのか、やっぱり、男子女子関わらずみんなから好かれていて、そういうところも、本当に鈴葉ちゃんに似ている。