「もう何言ってんのよー」



背中の方から聞こえた、透き通る声。


この綺麗な声は、間違いなく、鈴葉ちゃんだ。



私は進めていた足を止めて、声の方に振り向いた。

予想通りのその姿を見つけて、声を掛けようと足を踏み出したけど。

次の瞬間、その足は先へ進むのをやめた。



鈴葉ちゃんの、ふんわりと笑った横顔。


その視線の先には、くしゃりと笑う、男子。


並んで歩くその二人は、何とも言えないぐらい、自然で、ぴったりで。



春の花みたいな鈴葉ちゃんと、春風みたいな昨日の彼が、一緒に登校してる。



どうして、なんていう疑問は、あまりにも二人が自然すぎて、答えを探る前に、なんだか納得してしまった。



「じゃあ、今日の夜はアラシの家にお邪魔するね」


「おう。待ってるな。カズにも伝言よろしく」



ふと耳に届いた二人の会話を聞いて、そうか、とさらに納得した。



アラシ。


そっか。彼は、あの“アラシくん”だったんだ。



鈴葉ちゃんの会話によく出てきていた、鈴葉ちゃんと幼馴染でサッカー部でよくモテるという“アラシくん”。

そして、鈴葉ちゃんのことが好きだと噂されている“アラシくん”。



胸のなかで何かがキュッと摘ままれたような感触を覚えて、思わず、二人の方に向けていた身体を百八十度方向転換させた。



背中越しに、二人がいる。

その気配が、どこか居心地悪く感じて、校舎まで、ただまっしぐらに走り抜く。

靴箱でさっさと上靴に履き替えて、またひたすらに階段を走った。



一年十二組の教室の前まで来て、やっと足が止まった。

走ることなんてあまりないから、胸が苦しい。

教室の前で立ち止まったまま、荒い息を落ち着かせた。



呼吸が完全に自然になってから、教室の戸に手をかける。

ガラガラっと教室の戸を開けると、中には誰もいなかった。



そうか、今日はいつもより早く登校したんだった。



中に入り、戸を後ろ手に閉めて、まっすぐ自分の席へ向かった。

椅子に座って、数学のワークを鞄から取り出そうと手を延ばしたけど、すぐにその手を引っ込めた。


なんだか、勉強する気になれない。



さっきの二人の姿が、ふっと頭に浮かんでくる。



私、いったいどうしたんだろう。

逃げるみたいに走ったりして。


あの彼が“アラシくん”だったことが、そんなに衝撃的だったのかな。

そこまで驚くことだったのかな。