教室まで来ると、ちょうどみんな体育館から帰ってきたところで、注目を浴びることもなく、窓際の一番後ろの席に座った。



誰も私に声をかける人はいない。

無視をされるわけでもないけど、気にかけられるわけでもない。

きっと、私に声をかけても、私が上手く言葉を返すことができないから。
だから、誰も私に声をかけないんだ。



だけど。



保健室でのことを思い出した。

胸の中の何かが、ぽっと温かくなる。



そのままの私をわかってくれて、受け入れてくれた。

鈴葉ちゃんも、彼も。

そんな人が二人もいるだけで、私にはもう、じゅうぶんすぎるほどの境遇なのかもしれない。



また、彼に会えるかはわからないけれど、そういう人がいるっていうだけで、じゅうぶんなんだ、きっと。



でも、また、彼に、会えたらいいな。



派部先生が教室に入ってきて、ホームルームをした後、その日はすぐに下校だった。



家に帰って、お母さんと一緒にお昼ご飯を食べて、勉強して、夕ご飯を作るのを手伝って、お父さんが帰ってきて、家族3人で夕ご飯を食べる。



あまり変わりない日常なのに、心の中は、なんだか落ち着かなくて、だけど温かい。



保健室で彼と交わした数少ない言葉や、彼のくしゃっと笑った笑顔が、頭の中に何度も浮かんでくる。



確か、鈴葉ちゃんが初めて話しかけてくれた日も、こんな感じだったっけ。



ベッドの中に入っても、落ち着かない心はおさまらなくて、全く眠れそうにない。



そういえば、彼は何ていう名前なんだろう。

クラスはどこなんだろう。

私、彼のこと全然知らないままだ。



発せられる言葉、織り成される空気、そのすべてが、春風みたいな人だった。


温かくて柔らかくて。でも、涼しくて爽やかで。胸の奥が、なんだか疼くような。


春風みたいな人。




また、会いたいな。



目を閉じると、「またな」と言ってくしゃっと笑った彼の顔が浮かんだ。