「た、ちょ……」



それは、自分でも驚くぐらいに、震えた声で。

最後まで発することができなかった。



だめだ、もう一度。



体調はもう大丈夫です。体調はもう大丈夫です。心の中で何度も唱える。



よし今。言おう。今。ほら。



そうやって何度も自分を奮い立たせるけれど、勇気が出ずに、深呼吸ばかり繰り返している。



自分でもわかるほど、脚が震えてきて、感覚を失っていく。

このまま、立っていられるのかさえわからないぐらいグラグラと揺れている。



こんな私、きっと変に思われてるに違いない。

どうしよう。
ほら早く言わないと。早く、早く。






「哀咲」






優しい声が降ってきて、浅い呼吸が一瞬止まった。



また、春のような風が吹く。



少しだけ、胸のなかで、鼓動ではない何かが音をたてた気がした。





「俺は、俺が喋りたいときに勝手に喋ってるからさ、」




彼は、優しく笑って続ける。




「無理に話そうとしなくてもいいんだよ」













トクン、と。心臓が動きを変えた。

じわりと温かい何かが喉の奥を溶かしていく。




なんて人だろう。

脚の震えも浅い呼吸も何度も繰り返す深呼吸も。

いつも、挙動不審だとか変な人だとか、そういう風に捉えられて、言葉を発する前に去られてしまうのに。



鈴葉ちゃんだけだと思ってた。

話すのが極端に苦手な、そのままの私を、受け入れてくれる人。


ここにも、いた。



「あ、あの」



なぜだか、喉が解放されたみたいに、スッと言葉が出た。


緊張も不安も、緩んでいく。



「体調はもう大丈夫です」



脚の震え。浅い呼吸。嫌な動きをする鼓動。
全部、春風が拭い去ってくれた。



この人は、私のことをそのまま受け入れてくれる。
鈴葉ちゃんと同じだ。



「マジか! よかった!」



彼は、絵に描いたような満面の笑顔で、そう言った。



笑顔って、こんなに明るくて綺麗で無邪気なものなんだ。