「黒田のおじさん帰っちゃった?」



その声をきいて、ハッと顔を上げた。



トクン、と胸の奥が音を鳴らす。



制服姿じゃない、初めて見る私服の颯見くん。



グレーのパーカーにカーキのズボン。
シンプルだけど、スタイルが良いせいなのか格好良いなと思った。



学校以外ではこういう格好してるんだなぁ。



また、トクントクンと、何かが胸の奥で主張する。



「おう、嵐くん。わたしはここにいるよ」



店長さんと親しげに話しているカウンターのおじさんが、答えた。


きっと、この人が黒田のおじさんなんだろう。



「あれ、じゃあさっきの鈴の音は……」



店内を見回した颯見くんと、私の目が、ばちっと音をたてたように、繋がった。



心臓が痛いほど、脈打つリズムを速くする。



「あ、え……哀咲っ?」


「……あ、」



私は声を漏らすのが精一杯で、また、顔を俯けた。



鼓動がうるさく、主調する。


ここまで来ておいて、こんなに緊張するなんて、思わなかった。



「あー、雫と遊んでたんだけど、小腹すいてちょうどココが目にとまったから。たまたま、ね」



倖子ちゃんがスラスラと嘘のなりゆきを話すと、へー、とそれを信じた颯見くんの声が聞こえた。



スタ、スタ、と、ゆっくり颯見くんの足音が近づいてくる。



近づいてくるにつれて、鼓動も速くなって、ますます顔を俯けた。



「哀咲、」



止まった足音と、上から降ってくる優しい声。



――雫は、颯見にかわいく見られたくて、私に訊いてきたんでしょ



倖子ちゃんの言葉が思い出されて、体中が一気に熱くなった。



倖子ちゃんに服を考えてもらって。

メイクもしてもらって。


今、颯見くんの目に、私はどう映っているんだろう。



緊張しているからなのか、こわいからなのか、顔を上げられない。



「雫、大丈夫だから」



ポンと、肩に温かい重みを感じて、顔を俯けたまま、視線だけちらりと倖子ちゃんに向ける。



がんばれ、と口の動きだけで言われた気がして、膝の上で握りしめていた拳にぎゅっと力を入れた。