あら、と言って、お母さんは鍋を擦る手をタオルで拭いて、電話の方へ向かっていく。



「もしもし哀咲ですが……あら、まぁ! あぁ、はい。どうぞ」



ふっと受話器を耳から少し離して、笑顔を私に向ける。



「雫、寺泉さんから電話よ」



ハッとして、慌てて手を拭いてお母さんのそばに行くと、「はい」と嬉しそうに受話器を渡された。



受話器を手に持った瞬間に、じわっと緊張がにじみ出る。



ゆっくり受話器を耳に当てると、倖子ちゃんの鼻歌がかすかに聞こえてきた。



「あ、あの、」



声を出すと、倖子ちゃんの鼻歌が止んで、「あ、雫!」と声が返ってくる。



「明日二時待ち合わせって言ったけどさー、十時からにしない?」



なんだか電話を通した倖子ちゃんの声は、いつもと少し違って聞こえて、うっすら緊張する。



「せっかく雫と会えるんだし、カフェ行く前にもどこか一緒に行ってみたいしさ」



その言葉が、すごく嬉しくて、倖子ちゃんには見えないのに大きく頷く。



だけど、なんとなくそれが伝わってしまったのか、倖子ちゃんは「んじゃ決定」と軽快に返事した。



「それじゃ、明日十時に、スーパー入口で待ち合わせね」


「あ、あのっ」



電話が切れてしまいそうな雰囲気を感じて、慌てて声を出した。



どうしたのー、と間延びした声が返ってくる。



「あの……明日、どんな服着たら、いいと思う?」



少し緊張して、とぎれとぎれに言葉を出した。



電話の向こうから布の擦れる音がかすかに聞こえて、倖子ちゃんが体勢を変えたのがわかった。