「おはよ。」
私はこの声が好きだ。

小さくて。低くて。
聞こうと思わないと聞き取れない。
そんな声。

「おはよっ。」

早起きが苦手で仕方ないのに
わざわざ早く学校にくるのは、
静かな教室でこの声を聞き逃さないため。

返事をちゃんと聞いてもらうため。

「今日宿題あったっけ。」
当たり障りのない話。
宿題はとうに終わってるし、
ちゃんとカバンの中で提出されるのを待ってる。

それでも貴重な話題になる。

「世界史のプリント。5限だから時間あるけど。
結構枚数あるよ?終わる?」

えっと。と、考える素振り。

もちろん終わってるし。なんなら予習までしてある。

「あ、世界史はね!終わってる!
でも明日提出だと思ってたよ。えら子だわ私。」

フフっと鼻で笑う音。
それを聞ければまんぞくだよ。

すぐにほかのクラスメイトが登校してきて
彼の音は聞こえなくなる。

猫背の背中を見れるのは
私たちの間の生徒が不登校なおかげ。

音はなくても。目に見える。
これって凄く幸せ。

文化祭も近づいて浮かれ気分な教室は
彼にとっては生きずらそうで。

そんな空気に無性に惹かれた。