─長月─
 秋の香りが漂う季節。山は紅く染まり、稲が頭を垂れる。一月前に数え年で6になったばかりなのが刀の手入れを清流の側でやる。清らかな水を使い、刃を磨いでいく。シュッ、シュッと一定の速度で鳴る音。短い黒髪から覗く1つの黒曜石色の瞳は、真剣な眼差しで真剣を見ている。………駄洒落だ。
「こんなものか……」
 幼女とは思えない低く落ち着いた声。
「…なにやってる」
跳ねた濡羽色が尋ねてくる。向こう岸から川を渡って、ドスンと神那の隣に腰を下ろす。
「黒鉄…」と気づいたように名前を呼ぶ。
「見てのとおりだよ」
説明する気が全くない説明。
戦乱の世で刀を研がないのは命とりになる。十分に研げたか確認しようと右手で刀を持ち、左手の人差し指をスッと斬る。引っ掛かる事なく、綺麗な傷痕ができたのはよく研げた事の証である。とくとくと溢れる血を黒鉄が舐めた。
 「…何してる」
ほんの少しだけ怒りを交えた声で神那が問う。
 「何って…止血」
いや、それは止血なのか。心の中でツッコむ神那。二人がもう少し大人ならこんな事はしなかったが、まだ実質五歳ではそんな感情はない。ガサッと音がする草影に針を投げる黒鉄。木に刺さって、驚く標的。跳ねた肩と共に動いた頭が草から出て、見えたのは馴染みのある赤色。 
 「ばれちった」
『てへっ』という音が付きそうな仕草をするノゾミ。