「それでも、私は諦めたくない」
私は強く言い放つ。
諦めたくない。
私のせいだっていうなら憎まれてもいい。
辛い目に合わせたのが私なら、私がそこから救ってみせる。
私は朱莉ちゃんと友達でいたい。
友達が辛い時、離れていくような人になりたくない。
手のひら返すようなマネ、したくない。
私が、朱莉ちゃんを支えてあげたい。
私のことも、朱莉ちゃんに支えて欲しい。
「ねぇ、バカ?
私と一緒にいたら巻き添い食らうかもしんないんだよ⁉︎」
少し声を張り上げて叫ぶ朱莉ちゃんの目には、薄っすらと水が滲んでいた。
「いいよ」
私はもう一度手を握り、笑って言葉を返す。
「いじめられる辛さがわかんないから言えるだけじゃん!」
「でも、1人じゃないから。
私、朱莉ちゃんと一緒なら大丈夫だよ」
「たった2人で、何ができんのよ!」
「何もできなくても、辛いのは半分こだよ?
それに、凛達もいるから2人じゃない」
みんなだって、絶対朱莉ちゃんのこと受け入れてくれる。
凛と透は苦手みたいだったけど…
でも、絶対一緒にいてくれる。
「あいつらだって、あんたのこと裏切るに決まって…」
「そんなことしないっ!」
言った後で、自分が大きな声を出したことに気づく。
小さな声で
「ごめん」
と謝った。
けど、いくら朱莉ちゃんでも、凛達のことを悪く言うのは許せないから…
「なんで、そんなことわかんの」
「わかるよ」
「わかんないじゃん!」
「わかるっ…!
………私はみんなのこと、信じてるもん」
みんなと一緒じゃないなんてありえない。
離れていくはずがない。
もし私が
『みんな、私と一緒に戦ってくれる?』
って言ったら、
『当たり前』
って返してくれる。
必ず。
「そ、そんなにいい友達がいるなら、もうそれで十分でしょ⁉︎
なんで私なんか…!」
「『日和』って、呼んでくれたから」
「…は?」
「私のこと、凛達以外で、『日和』って呼んでくれたのは…
朱莉ちゃんだけだから」
たった1回だけど、嬉しかった。
この学校での私は『ひよ姫』でしかなくて。
凛達以外に、私を私として見てくれる人なんていなくて。
だからすごく、嬉しかった。
「はっ…なにそれ。
………しょーもない」
朱莉ちゃんが力なく笑って、ドサッと崩れ落ちる。
「私、バカみたいじゃん…」
私も、
「へへっ」
と笑って、私も朱莉ちゃんの隣に腰を下ろした。
「朱莉でいいよ」
「えっ?」
「名前、朱莉でいいって言ってんの。
私の負けだわ………日和」
それを聞いて、心の中がパアッと晴れ渡った。
「うんっ!
改めてよろしくねっ、朱莉っ!」
その日見た涙を私は一生忘れないと思う。
吹っ切れたように笑う朱莉の頬には一雫の涙。
それを太陽の光が照らしてきらりと光る。
その雫の中にはクロスレインボーが描かれていて。
この上なく綺麗だった。
私はこの瞬間のことを、きっと、ずっと忘れない。
そしてもう1つ。
この時の私は完全に忘れていた。
私達がなぜ、わざわざパンを買いに行ったのかを………
パシャ…パシャ…
「はーいおっけー!
んー!4人とも最高!」
「「「「ありがとうございます」」」」
写真集のためのビーチ撮影。
こういうのを見てると、4人がアイドルだってことを改めて感じる。
かっこいいなぁ。
『Sanlight』の人気がすごいのも頷ける。
あっ、なんで私が撮影現場にいるのか…だよね。
今回のお仕事は3連休を利用した泊りがけ。
本当は、アイドル雑誌『Precious Days』からのオファーがきて、その撮影だけだったんだけど…
さらに、今度新曲を出すからって、もう1つお仕事が重なった。
PV撮影とそれに合わせた写真集、特典DVDの撮影もあって、もちろん歌やダンスの練習もある。
新曲お披露目ライブは…いつだったかな?
とにかく、いつにも増して大忙し。
だから全員強制的に泊まること決定。
それに加えて、タイミングの悪いことに、この3連休、私のパパとママは結婚20年目記念の旅行に行くことになっていた。
私はその間、凛の家にお邪魔することになってたんだけど、その凛が泊まりのお仕事。
だから私もついて行くことにした。
ついてきても、こうやって座って眺めることしかできないんだけどね。
ピロン
ポケットの中の携帯が鳴って、ゴソゴソと手で漁る。
取り出して画面を開くと、朱莉からのメッセージ。
『そっちはどう?
確か沖縄だったよね?
お土産よろしくー』
特別でもなんでもないメッセージだけど、撮影中ひとりぼっちの私は、それが何だか嬉しく感じた。
『今海で撮影してるんだ〜!
沖縄の海、すっごく綺麗!
お仕事だらけで忙しいからどうなるかわからないけど、お土産買えたら買うね!』
朱莉との関係はうまくいっている。
朱莉へのいじめもなくなって、見る限り他の子達とも普通に接していた。
けど、朱莉は必要以上に仲良くしたり関わるつもりはないみたい…
やっぱり、すぐには傷は癒えないよね。
『ちょっとくらい観光とかできないの?
日和は仕事じゃないんだし、抜け出してもいいんじゃない?
っていうか、ホントうちに泊まれば良かったのにー!』
今更だけど、朱莉へのいじめが無くなったのは凛のおかげじゃないかな…?って思う。
朱莉と仲直りしてすぐの時は深く考えなかったけど…
私と朱莉が仲良くなったからって、いじめがなくなるわけじゃないもんね。
優ちゃんに相談した時、『凛なら頼りになる』って言ってたし…
優ちゃんが凛に話して、凛が裏で手回ししてくれたんじゃないかな?
『1人で観光なんて、みんなが許してくれそうにないからなぁ…
それに、私方向音痴だしねっ!
朱莉の家には再来週泊まらせてもらいますっ!
楽しみ〜!』
「へへっ…」
送信して思わず笑みがこぼれた。
だって、初めてのお泊まりだよ⁉︎
4人の家にはもちろん泊まったことはあるけど…
初めての女の子の友達の家にお泊まり!
可愛いパジャマ着て、お菓子を食べたり恋バナをしたり…
それで、朝起きたら隣に朱莉がいる!
考えただけでも楽しみすぎる!
「なんだよ、またあいつか?」
休憩に入ったのか、凛がタオルを首にかけて近寄ってきた。
「うんっ!」
凛の奥では、透と優ちゃんがまだ撮影しているのが見える。
ビーチボールを使った撮影みたい。
秀ちゃんは監督さんと真剣な顔で話していた。
リーダーって大変だなぁ〜。
「最近あいつばっかりだよな」
「そうかな…?でも、朱莉といると楽しいよ?
凛も、朱莉と仲良くなればいいのに…」
「誰があいつと…」
私の隣に凛が座って、
「おいで」
と言いながら手と足を広げた。
私はコクンと頷いて凛の中に座る。
いつものように凛が腕を回して、背後から抱きしめた。
ドキッ
心臓が少しだけ揺れる。
「わぁっ!
2人とも、ビーチバレー上手だねっ!」
透と優ちゃんのビーチバレーを指差しながら眺める。
2人が楽しそうにパスをし合っていた。
「やっぱり優ちゃん、スポーツ上手だな〜。
天性の才能だよねっ」
「まあな」
キャラ的に、大人びた感じの透が、子供っぽい優ちゃんの面倒を見てるみたいに見える。
けど実は、優ちゃんの方が、あちこち飛んで行くボールを上手くキャッチして繋いでるっていう方が合ってる。
透の運動神経が悪いわけじゃないけど、優ちゃんが良すぎるんだよね。
「あはっ、今透、絶対失敗して…ムグッ」
急に口を塞がれて言葉が詰まる。
チラッと首だけ曲げて振り返ると、ちょっとスネ顔の凛がいた。
「それ以上あいつらのこと話すの禁止。
今一緒にいるのは俺だろ。
………嫉妬する」
少し顔を赤くしてムスッとしてる。
その表情に、また心臓が高鳴った。
嫉妬…私に?
「へへっ、何それ〜!
でもそれなら、私だって負けてないよっ!
アイドルの凛は、ファンのみんなに取られちゃって寂しいもん」
アイドルの時のみんなは、どうやったって私だけのものにはならないもんね。
「………」
「…凛?」
急に喋らなくなるからどうしたんだろうと思ったら、凛はポカン…としていた。
「……なんかそれ、嫉妬と違え」
「えっ、そうなの⁉︎」
「………まあでも…ふはっ!
ホント、日和には敵わねーな」
優しい顔で笑いながら
「俺の負け」
と言って私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
私には凛の中で何があったのかよくわからないけど…
勝ったなら『やったー!』かな…?
「でもやっぱ、俺だけのものにしてー…」
独り言のように言ったから反応に困った。
凛1人のものになることはできないしね。
そんなことしたら、他のみんなが不貞腐れちゃいそう。
「……なぁ日和、キスしていいか?」
凛の唐突な言葉で一瞬理解が遅れた。
「キス?
うん、いいけど…」
また首かな?
いつかの登校時間を思い出す。
お仕事して疲れてるもんね、充電しないとだよね。